2020年11月、電子商取引大手アリババグループ傘下のアントグループの新規株式公開(IPO)が突然中止され、創業者のジャック・マーが一時消息不明となるなど、世界に大きな衝撃が走った。明らかに民間IT企業の抑え込みに政策転換した中国共産党、習近平の本当の狙いとは。野口悠紀雄一橋大学名誉教授は「一連の動きは今後の米中デジタル戦争の行方に重大な影響を与える」と指摘する──。(第3回/全3回)

※本稿は、野口悠紀雄『良いデジタル化 悪いデジタル化』(日本経済新聞出版)の一部を再編集したものです。

中国の習近平国家主席(左)とバイデン米大統領
写真=AFP/時事通信フォト
中国の習近平国家主席(左)とバイデン米大統領=2021年6月8日

アメリカでは巨大IT企業に対する風向きが変わる?

アメリカではここ数年、巨大IT企業に対する風当たりは強くなっていた。たとえばトランプ前大統領は、シリコンバレーのIT企業に対して敵対的な発言を繰り返してきた。

鉄鋼や自動車などの製造業をラストベルト地帯に戻し、伝統的産業の雇用を増やす半面で、「アップル製品は敵だ」などと、ハイテク企業やシリコンバレーなどに対して敵対的な発言をすることがあった。

つまり、新しい産業であるIT産業ではなく、古い産業である自動車産業や鉄鋼業を復活させようとしていたのだ。これは、アメリカのIT産業の成長にとって潜在的な障害になる。

さらに、H-1Bビザの発給制限などを行った。H-1Bビザは、専門技術者としてアメリカで一時的に就労する場合を対象としたビザで、アメリカの学士またはそれと同等の経歴を持っていることが条件だ。シリコンバレーのハイテク企業にとっては、技術者の確保に重要な意味を持っている。

また、最近ではグーグルやフェイスブックが独禁法違反で提訴されるなど、司法面からの攻撃もある(ただし、これがどれだけ政治的なものであるのかは分からない)。一般国民もまた、巨大プラットフォームに対して警戒を強めている。

バイデン政権でGAFA敵対政策は変わるか

ところが、バイデン政権が発足したことによって、状況が変わる可能性がある。バイデン政権の対巨大IT企業戦略がどのようなものであるかは、本稿執筆時点ではまだはっきりしない面があるが、トランプ時代とは政策が大きく変わる可能性がある。

シリコンバレーの企業の多くは、民主党支持だ。バイデン陣営が大統領選挙中に公表したリストによると、バイデン陣営の資金集めには、シリコンバレーの大物が多数協力している。

バイデン政権のハイテク産業に対する政策に大きな影響を持つと考えられるのは、副大統領のカマラ・ハリス氏だ。同氏は、北カリフォルニアの出身で、シリコンバレーの人々と深いつながりがある。

民主党の指名を争うレースでは、シリコンバレーの経営者から強く支持された。バイデン氏がハリス氏を副大統領候補に選んだときには、シリコンバレーは歓迎した。大手テクノロジー企業の社員たちからの寄付でも、早くから他の候補を抜いていた。

ハリス氏は、2010年にカリフォルニア州の司法長官に選ばれて、テクノロジー産業の監督を務め、彼らに対して穏健な姿勢をとった。シリコンバレーを理解しており、新しい技術開発がアメリカの経済力の源であることを理解しているだろう。