「出来たてを食べてほしい」
「熱々で食べてください」
普通の料理人は言う。
しかし、舌が焼けるような温度では味の判断はつかない。熱々よりも、やや時間が経った料理の方が味を感じることができる。
超一流はどこを見ているか
西は料理を「作品」と考えたことはない。調理とは作品を作ることではなく、客のためにいちばんいい状態で提供することだ。彼はそれを理解して、客が食べた瞬間に味のピークが来るような調理をしている。
西健一郎を「当代、最高の料理人」と持ち上げる人は多いけれど、他の料理人よりどこが優れているかを具体的に指摘できる人間は少ない。
だが、わからなくても、他の店に行って、たとえば鱧の落としを食べてみれば味の違いはわかる。筍ご飯を食べても、焼き松茸を食べても違うことがわかる。それは力量が違うからとしか言いようがない。
ミケランジェロはフィレンツェ市庁舎の前にダヴィデ像を彫っている。ある人がどうやったら、こんな傑作ができるのかと聞いた。
ミケランジェロはこう答えたらしい。
「まず大理石を見る」
「それからダヴィデ像ではない部分を削り取る」
西は材料をよく見る。そうしているうちに彼の頭にはその材料で作った料理を食べている客の笑顔が頭に浮かぶ。あとは手を動かすだけだ。他のことは何もやっていない。