家族で出かけると、母から「早く帰ってきなさい」と鬼電
母親が引っ越しをして来て以降、小林さんは一家4人でゆっくり外出することができなくなった。外出していて日が暮れてくると、母親から「早く帰って来なさいコール」が鳴り出すためだ。無視しても何度もかかってくるため、携帯電話を前に途方に暮れている小林さんを見かねた娘が代わりに出て、上手くかわしてくれることもしばしば。それでもかわせないときは、「ご近所の方たちはとっくに帰宅しているのに、あなたたちはいつまで出歩いてるの!」と執拗に叱られた。
「母は私に対して『あなたは世間知らずだから、私がそばにいないと……』と繰り返し言いました。とにかく、親の言う通りにする子はとても良い子。反発する子は悪い子で、どうにかして私を自分の思い通りにしたかったのかもしれません。それだけ母は、不安な気持ちが強かったのでしょう」
2017年10月。フルタイムで働いていた小林さんは、88歳になった母親を昼間に1人にしておくことが心配になり、デイサービスの利用を開始。
ようやく精神科で脳と認知症の検査ができ、診断結果はアルツハイマー型認知症と統合失調症。医師からは、「統合失調症については、かなり前から発症していたかもしれません」と言われた。
母親は、小林さんが丁寧に優しく接すると機嫌が良く、してもらったことに対する「ありがとう」はよく口にした。
しかし、デイサービスに行かせるなど、他人に介護を任せようとすると攻撃的になり、嫌味や文句・悪口を言われるため、小林さんはその度に罪悪感にさいなまれた。
「あなたが幸せでも、私が幸せでないから、あなたも不幸なのよ」
小林さんは、仕事と家事・育児に加え、母親が通帳を紛失する度に金融機関に行ったり、介護の相談で市役所に行ったりと、多忙を極めていた。そこへさらに母親は、突然わがままを言い出して譲らなかったり、きつい言葉を浴びせかけたりしてくる。
小林さんはいつからか、体の不調を感じていた。朝起きると体全体が痛く、一向に良くならない。2018年5月には、職場の健康診断で血圧が高くなり、治療に緊急を要する致死性の不整脈が出たため、急遽精密検査を受けた。しかし結果は「特に問題なし」。
「当時の私はかなりのストレスを蓄積していたと思います。母が、私に対して辛く当たる原因として一番思い当たるのは、結婚に関して私が母の思うようにならなかったことです。母はよく、『あなたが幸せでも、私が幸せでないから、あなたも不幸なのよ』とか、『あなたはひどい娘! 私を一人戸籍にして!』などと言いました。母は育ての親に恩があるため、親の言う通りに生きてきたのに、『あなたは勝手だ!』という思いがあるのでしょう。私が離れていったことで母は不安になり、お金に執着していったのかもしれない。そして、配偶者に早く先立たれた母は、私が夫と幸せそうにしているのが、どこかで気に入らなかったのかもしれません」
娘が幸せにしていることを気に入らない母親がいるとすれば、それは“毒親”に違いない。
にもかかわらず、筆者が取材していると、小林さんからはしばしば自分を責める言葉が口をついて出てくる。これまで30人以上、介護のキーパーソンから話を聞いてきたが、毒親を持つ子どもほど、介護の際に自分を責める傾向が強い。それは、毒親から何かと責められ続け、マインドコントロールされたため「自分が悪い」と思い込まされているのだろう。