娘(玲子)に向かって「レイコはどこへ?」と聞いた母親
退院した母親はある日、白石さんを目の前にして、「レイコはどこ行ったんやろ? 2階で寝てるんかな? ちょっと見てくるわ」と言い出した。びっくりした白石さんは「レイコって誰?」と聞き返す。
すると母親は怒ったように、「レイコは私の娘です!」ときっぱり。
白石さんは自分を指差して、「私(玲子)は誰?」と聞くと、「あんたは姉のほうのレイコや。もう1人、妹のほうのレイコのことを言うてるんや」と真顔で言い返す。白石さんには兄が一人いるだけだ。母親は2階を見に行き、「レイコはいてなかったわ。どこにいったんやろね」と独り言のようにつぶやいた。
白石さんはひどく動揺した。
半年ほど前に母親が可愛がっていた犬が亡くなり、しばらく母親が悲しんでいたことを気にしていた白石さんは、「母には犬が必要だ!」と思い、何度か母親をホームセンターのペットコーナーに連れて行った。
すると以前から目をつけていた子犬は、「商談中」の札がかけられている。
「(先約がいるなら)仕方がないね」と帰りかけたとき、「僕のことを見て!」とでも言わんばかりに、白石さん母娘を見てぴょんぴょん跳ねているポメラニアンの子犬が2人の目に止まった。2人はその子犬に釘付けになっていると、店員が鍵を開け、その子犬を抱いて連れてきてくれた。
白石さんが受け取ると、子犬は顔やら耳やらを舐めまくり大興奮。母親に渡すと、子犬を受け取るなり母親は、「この子を連れて帰るわ」と言った。
そのまま白石さんは手続きを済ませて、子犬を連れて帰った。とても元気な子だったため、母親は「げんき」と名付ける。「げんき」が来てから、家の中が明るくなった。
愛犬「げんき」を飼い始めたものの、母の言動はい日に日におかしく
しかし、母親の言動は、日に日におかしくなる。
げんきに夕飯をあげたのを忘れて、もう一度あげている。家にいない兄の分までご飯を用意する。そうかと思うと、白石さんの存在を忘れて、一人で黙々とご飯を食べていることもあった。
そんな中、白石さんがげんきを散歩につれていくと、犬の散歩仲間ができた。毎日顔を合わせていると、つい、母親の介護の愚痴を話すこともあった。すると散歩仲間の一人のAさんが、介護認定を受けることを勧める。Aさんは、介護施設でヘルパーをしていたのだ。
介護認定を受けると、母親は要介護2。ケアマネージャーも決定し、デイサービスや訪問介護利用などのケアプランが立てられていった。そしてAさんの「ずっとお母さんのそばにいるのも良くないよ」とのアドバイスで、白石さんはパートに出ることを決めた。
訪問介護が始まると母親は、「あの人は好きやけど、あの人は嫌い」とヘルパーの悪口を言い始める。初めは、嫌いな人が作った食事を食べないだけだったが、だんだんヘルパーが作ったものは全く食べなくなってしまう。
仕方がないので白石さんが作るが、それも食べない。困った白石さんが「何で食べへんの?」と訊ねると、母親は「冷蔵庫が開けられへん」とうそぶく。
母親は、50キロ近くあった体重が35キロを下回った。
「私が母に相談もなしにヘルパーさんを頼んだり、デイサービスに行かせたりすることへのあてつけだと思いました。どんどん痩せていく母を目の前に、私はどうしたらいいのかわからなくなりました……」
以下、後編へ続く。