新人・田中将大にかけた言葉

鈍感な人間というのは、感動したりショックを受けたりすることが少ない。

初登板で頭が真っ白になり、自分の投球ができず打ち込まれる新人投手はいくらでもいる。しかし、冷静になって試合を振り返ったときに、悔しさが込み上げてきて表情にまで出る新人はなかなかいない。そうなるのは、それだけショックが大きかったのだろう。だが、その心に負ったダメージが、新たな目標を生み出すエネルギーになる。

田中将大のデビュー戦は、黒星こそつかなかったが散々な結果だった。1回3分の2を投げて、打者12人に対し6被安打、3奪三振、1与四球、6失点。相当悔しかったはずである。田中は、そこからさらに2試合勝てなかった。

どうして勝てないのかとひとりで悩み考え込んでいたので、わたしは「マウンドで声を出してみろ」と声をかけた。嫌というほど悩み抜いたのなら、最後は気持ちだということだ。

結果、田中はプロ入り4試合目にして初勝利。しかも完投勝利というおまけつき。完全に壁をひとつ乗り越えたのである。

とことん凹むということは、感性が鋭いということである。これは、どんな仕事においても大切な要素だ。指導者が心がけるのは、そのマイナスに反応している感性をプラスに反応するようにすることだろう。それさえ意識しておけば、いつかきっと成功へと導ける。

感性が鋭く、とことん凹む人間は、それだけ見込みがあるからだ。

リーダーのもっとも重要な役割

選手が成長できるかどうかは、本人が気づくかどうかにかかっている。指導者の立場から言えば、気づかせてやれるかどうかである。

だから、指導者は選手に対して気づきのヒントを与える。

たとえばバッティングなら、力が伝わる理にかなったフォームや内外角へ投げられた厳しいボールへの対応の仕方、基本的な相手バッテリーの配球パターンなどについて、「こうやってみたらどうだ」「こういう対応の仕方がある」とアドバイスを繰り返す。指導者自身の考え方や理論を強制するのではなく、あくまでもヒントを与えるというスタンスだ。

ここで気づく選手は伸びる。鈍感だったり、素直に受け入れる謙虚さがなかったりする選手はなかなか気づかないが、それでもヒントを与えて待つ。

指導者は、気づかせ屋であることを自覚することだ。

選手が間違った努力をしないように、本人が気づいていないことを具体的に指摘してやるのが大切な役割である。それは、技術的指導に限定されるわけではない。技術力や天性にはどうしても限界がある。それを補うのは知恵である。

そして最終的には選手たちに人間的成長を促すことが、指導者のもっとも重要な役割だとわたしは思っている。

「人間的成長なくして技術的進歩はなし」。わたしが選手たちに、もっとも気づいてほしかったことである。