業務はどこまでオンラインで済ませればいいのか。経営学者の楠木建氏は「それを判断するのがセンスだ。センスとはスキルではないもの。プロ経営者が数億円を稼げるのも、そのセンスにそれだけの価値があるからだ」という——。(後編/全2回)
今年10月、自宅で取材に応じる経営学者の楠木建氏
撮影=西田香織
今年10月、自宅で取材に応じる経営学者の楠木建氏

業務のオンライン化を決めるためのセンス

「決定事項の伝達がメインだし、オンライン会議でいいか。いや、待てよ。参加者は年配者が多いし、少しディスカッションしたい議題もあるから、リアルに集まったほうがいいか……」

自粛期間中にテレワークが一気に普及し、オンラインとオフラインの併用が一般化しました。業界によっては、オンラインのほうが日常業務、オフラインが非日常となっています。

こうしたハイブリッド型の働き方が定着したら、「この業務はオンでいくか、オフでいくか」と判断に迷う場面は増えるでしょう。

もしリアルの会議を開いたら、参加者から「こんな内容ならオンラインで十分だった。わざわざ出かけてきてえらい損した」とクレームが入るかもしれません。反対にオンライン会議を開いたら、参加者が「これじゃあ、ラチがあかないから、リアルでやりなおしだ」と怒り出して失敗に終わるかもしれません。

オンかオフかの判断は、参加メンバーの顔ぶれ、議事の内容、スケジュールなどいくつもの条件から下されます。つまりケース・バイ・ケースで、明確な基準はない。ビジネスの教科書にも載っていない。成功するか失敗するかは、担当者のセンスにかかっています。

プロ写真家の値打ちはどこにあるのか

「彼は服のセンスがいいね」といえば、周りの人たちも「うん、センスいいね」と答える。そこで「じゃあ、服のセンスって具体的に何?」と尋ねても、明確に答えられる人はいない。これがセンスです。言語や数値では示せないけれど、誰もがみんな感じ取っている。

写真を例に考えてみましょう。

現在は、スマホで簡単に写真撮影ができます。被写体にレンズを向けてボタンを押すだけ。顔認証システムでピントや露出は自動ですし、撮影後に構図や露出の修正もできます。

もともと写真撮影は、100年前は写真師という専門職の仕事でした。50年前でもピントや露出は手動操作でしたから、カメラの原理を知らなければ、まともな写真は撮れなかった。

ただし、写真師がいなくなった現在でも、プロの写真家はいます。最近のアマチュア写真家はプロと同じ機材を持っているのに、撮影された写真には歴然とした違いがある。素晴らしい写真とそうでない写真を決めるものは、もはやスキルではありません。ほとんど撮影者のセンスです。プロとアマの違いは、センスの差だといえます。

こう説明すると、「そもそもセンスって何ですか?」という質問を受けます。当然わいてくる疑問でしょう。私の定義では「センスとは、スキルではないもの」です。

まずはスキルから考えてみましょう。

人間の能力を構成するもののなかで、教科書や研修で教えられるもの、OJTやOFF JTで教えられるものはスキルです。スキルには、教科書や研修で勉強するといった定型的な開発方法があります。

それに対して、センスのほうは開発方法がありません。開発方法が確立されたら、その時点でセンスはスキルへと変容します。