「男女同じ学び舎で過ごすほうが健全」だから共学校狙い、は正しいか

東京にはこんなにたくさんの女子校が溢れているのだが、「共学しばり」の家庭はなぜ女子校を避けるのだろうか。保護者からよく聞くのはこんな話だ。

「世の中は男女で構成されているのだから、多感な中高時代は男女同じ学び舎で過ごしたほうが『健全』ではないか」

『女子御三家 桜蔭・女子学院・雙葉の秘密』(文藝春秋)
『女子御三家 桜蔭・女子学院・雙葉の秘密』(文藝春秋)

一見、理路整然とした物言いに感じるが、この弁を丸ごと肯定すると「女子校=不健全」ということになる。果たしてそうなのだろうか。

わたしは5年前に『女子御三家 桜蔭・女子学院・雙葉の秘密』(文藝春秋)を上梓し、これを執筆する上でこれら3校の学校関係者や卒業生たちに取材を重ねた。その中で、女子学院中学校高等学校の前院長である田中弘志先生が「女子教育」の意義を端的にこんなふうに言い表していた。それを引用したい。

<彼女たちにとって人生の多感な時期に女性だけで学ぶ意味は、男性の目を意識しないで伸び伸びと飾らずにありのままの自分を出せるという点がまず挙げられます。たとえば、容姿に劣等感を持っている子。男性の前だとそれに引け目を感じている子であっても、女性の中だけだと自分が身に纏ったものをすべて剥ぎ取って『良いところ』も『悪いところ』もさらけ出せる。自分の持つ『光るもの』を周囲に評価してもらえる環境があるのです>

挙手する女子生徒たち
写真=iStock.com/xavierarnau
※写真はイメージです

このことばを聞いてなるほどと納得させられた。女子校出身者の特性のひとつに「大人になってからも付き合っているのは中高時代の友人ばかり」というケースが多いように感じているのだが、これは女子校生活で彼女たちは「性別」など意識せず、人間同士の遠慮のいらない関係性を構築できたからなのだろう。

辛酸なめ子さんの『女子校礼賛』で女子校ライフを覗き見る

先日、書店をぶらぶらしたら、興味深いタイトルの本を見つけた。

約10年前にベストセラーとなった『女子校育ち』(筑摩書房)の著者であり、漫画家・コラムニストの辛酸なめ子さんの新刊『女子校礼賛』(中央公論新社)だ。辛酸なめ子さんも女子学院出身である。

早速手に入れて読んでみたが、上述した女子学院前院長の田中先生の弁を女子目線でやわらかく表現したことばに出合えたのだ。それを一部引用したい。

「『女子校はドロドロしてそう』と言われがちで、たしかに校風が閉鎖的だったりするといじめが発生することもありますが、共学の女子同士よりも平和な人間関係を築いていると思われます。共学では男子をめぐって女子同士はライバルで、モテがヒエラルキーの上位になるための重要な要素ですが、男子がいない女子校では皆仲が良く、美人じゃなくても生命力が強い人や個性的な人、何かに秀でている人が人望を集めます」(同書より)

辛酸なめ子『女子校礼賛』(中央公論新社)
辛酸なめ子『女子校礼賛』(中央公論新社)

女子校礼賛』というタイトルとは異なり、女子校生活の暗部についても赤裸々に記述されている。

たとえば、自身と全く校風の合わない女子校に入学し、学校に対して反抗した揚げ句に退学してしまった子の実例なども細かに描いている。その一方で、女子校だからできる独自の教育、女子校だからこそ築き上げることのできる人間関係についてもふんだんに紹介されている。良くも悪くも「女子校」について皆さんが抱いているイメージが覆されることは間違いないだろう。

本書では女子校の潜入取材を果敢におこなっていて、そのスポットの当て方がこれまたマニアックである。いわゆる「千重の一重」的な見せ方ではあるが、その「一重」から女子教育、女子校ライフの醍醐味がふっと浮かび上がってくるような筆致である。

なお、首都圏の私立中高では学習院女子、東洋英和女学院、豊島岡女子学園、横浜雙葉、桜蔭、雙葉、田園調布雙葉、普連土学園、吉祥女子、玉川聖学院、白百合学園などが取り上げられている。関心のある方はぜひ手に取ってほしい本である。