80年代から続く米国の投資家資本主義

他方、最下位に転落したサッポロは、上場企業であった。不幸なことに海外の攻撃的な株主に目をつけられ、執拗な経営妨害を受けていた。投資家は、サッポロの資産に狙いをつけ、それを売却して株主に還元させることを要求し、その要求を実現するために公開買い付け(TOB)をかけてきた。

サッポロにとって、このTOBは、2つの意味で悪影響を及ぼしている。まず、このような状況で、経営者は経営に専念できなかった。攻撃的な株主に会社を買収されてしまえば、企業崩壊がもたらされる危険があるからである。第2の深刻な問題は、従業員のモラールへの影響である。日本の多くのサラリーマンにとって、会社は株主だけではなく、皆のものである。この会社を良くしていくのは自分たちの責任だと考えている人々も多い。この企業へのコミットメントは企業にとって重要な資産であり、企業の競争力を支えるものである。そこに、あなたがたの会社は私のものだと主張する株主が出てきて経営権を握るようになる可能性が出てくると、従業員の企業に対するコミットメントは急速に薄れるだろう。会社のために頑張ろうという気持ちは薄れてしまう。

日本の企業についてある程度の知識を持っておれば、従業員のこの不安を予測できるはずである。だとすれば、TOBに際して従業員に向けた明確なメッセージが発せられるべきである。それなしにTOBをかけているとすれば、経営権の獲得が本気かどうかを疑いたくなってしまう。単なる脅しではないかという疑いを持つ人が多いのは、このためである。また、このようなことも知らずに日本の企業の経営権を握ろうとしているのであれば、それは株主全体にとって不利益であるだけでなく、企業の存続を危うくしてしまうだろう。このような株主の経営介入を考えれば、上場は大きなリスクを伴うのである。それ以外にも上場のマイナスはある。内部統制制度のようなコストばかりかかって効果の薄い制度を導入しなければならないというマイナスもある。また、短期的に利益を上げ続けなければならないという制約もある。

サントリーは、ヤンマー、竹中工務店とならんで、関西の非上場ご三家の1つである。上場のリスクと負担を考えれば、上場しないというこれらの企業の選択も十分に合理的であると考えることができるし、ワールドのような優良企業が上場を忌避する理由も理解できる。

1980年代半ばにアメリカの南部にある繊維企業を訪ねたことがある。人中心の日本的経営を貫く優良企業であった。同社のオーナーは、優良企業であり続けるために非上場を貫くと言っていたのを思い出す。日本ではそんな心配は不要だと思った。アメリカではすでに80年代から投資家資本主義の嵐が吹いていた。日本でも、市場のアメリカ化が進んでいる。上場のリスクはあまりにも大きくなっている。日本の市場をもっと国際化せよと言うエコノミストがいるが、それによって優良企業の上場忌避が増えるようなことが起これば、投資家にとっても不幸である。

上場は、企業にとってメリットもある。最大のメリットは自己資本金融ができるというメリットである。株主は、リスクを負担してくれる資本である。そうであるがゆえに、株主には大きな権利が与えられている。この権利を濫用しようとする株主が出てくるのは防ぎようがないのかもしれない。それ以外にも経営透明性を高め、社会からの信用を高めることができるというメリットもある。実際にビール産業の二強はともに上場企業である。しかし、攻撃的株主のせいで、上場を忌避する優良企業が増えるのは、社会的な損失でもある。