父親の死を知った母が涙をこらえている顔を見た私が泣いてしまった
余命2年と宣告された父親はがん検査や治療による入退院が続き、父親の認知症は急激に進行していった。狛井さんは「認知症の進行をとめたい」と在宅介護を決意する。
ところが、ある日、父親は自転車で徘徊し、その際に心筋梗塞を発症してしまう。診断はきわめてシビアな内容だった。
「ガンが骨に転移しており、骨髄で血液がうまく作れない状態のうえ、心臓をつなぐ血管が壊死しており、手術もできませんでした。1カ月で退院を余儀なくされましたが、自分で歩けない母と違い、徘徊してしまう可能性のある父を日中自宅に置いておくことはできません。仕方なく、心臓の血管壊死、前立腺がん、糖尿病のインシュリン投与、認知症を受け入れてもらえる老人保健施設を探し、入所させました」
しかし、12月になると状態がさらに悪化。施設からの通院ができないため、終末医療専門の診療所に入院した。
「父の様子から、『年内もつかどうか』と感じていましたが、3日目に亡くなりました。会社で父の容体急変の知らせを受け、急いで駆けつけましたが、30分もたたずに息を引き取ったので、母に会わせることができませんでした」
父親が心筋梗塞で入院してから、一度も母親に会わせていなかった。狛井さんは自宅に戻ると、「お母さん、ごめんなあ。お父さんに会わせてあげられなくて」と、父親が亡くなったことを母親に告げた。
「母は、小さな子どもが泣きベソをかくような顔になりながらも、涙をこらえている様子で、それを見た私のほうが泣いてしまいました……」(以下、後編に続く)