【永澤】すでにメディアでも指摘されているように、PCR検査は「陰性の証明」にはなりません。検体をとるタイミングが問題で、1日ずれると結果が異なります。そのため、「陰性だから大丈夫だ」と、検査結果が安心の材料として使われるとしたら、逆に危険です。
そもそも、PCR検査の正確さは70%程度と言われており、100%の結果を出せる検査ではありません。また、得られた結果をどう扱うかということも重要で、その判断を行う上で必要な基礎的データを収集・解析する必要があるのです。
とにかく、PCR検査に過度な期待をするべきではありません。
——初感染の確認から半年以上たちましたが、データの集まり具合はいかがですか。
【永澤】まだまだ十分とは言えないと思います。自動のPCR検査機器が次々と導入されていますが、かといって誰もがすぐに扱えるとは思えません。
今回の新型コロナは「RNAウイルス」なので、まずは検体からRNAを抽出し、そのあとに「逆転写PCR」(RT-PCR,Reverse Transcription-PCR)をするのですが、実際には繊細な作業を間違いなく行えるだけの手技が必要で、豊富な経験が要求されます。
検体をとる際にも慣れていない人の場合は不安ですね。
遺体への「検査」を軽視すべきでない
——失敗がありうるということですか?
【永澤】生きた方の検査では鼻咽頭をぬぐうとき、患者さんが痛がって顔をそむけることがあるのですが、慣れない人が行うと、まったく検体がとれていないことがあるようです。遺体ではこのような心配はありませんが、採取場所や採取方法を統一しておく必要があります。いざというとき、正確な検査を行うためにも、人材の育成は不可欠です。
——新型コロナ感染症で亡くなった人や感染の疑いのある遺体の取り扱いについて、マニュアルの作成にも協力したそうですね。
【永澤】はい。現在、医師、法医学関連の歯科医師、薬剤師、葬祭業者さんや火葬業者さんまで、人の死にかかわるさまざまな分野の専門家と連携し、感染症で亡くなった方に接するための、かなり具体的なマニュアルが作成されました(※)。私はその会議に参加させていただきましたが、国の方も協力的です。こうした「マニュアル」はもちろん、人も機器も防護用品も有事に備えてしっかり備えておくべきです。
※日本医師会総合政策研究機構「新型コロナウイルス感染症 ご遺体の搬送・葬儀・火葬の実施マニュアル 第5訂」(2020年6月)
死因不明の遺体もしっかりと検査して、感染の有無を調べること、そのデータを蓄積していくことが大切です。
もし、ご遺体からウイルスが検出されたら、その方のご家族や濃厚接触者、遺体に触れた警察官や検視官、葬儀関係者などへの感染の有無を検査することができ、思わぬ感染拡大を食い止めることにもつながります。
生きている人へのPCR検査も大切ですが、死因不明のご遺体へのPCR検査こそ、しっかりと行うべきではないでしょうか。
薬剤師/法遺伝学者、法中毒学者、千葉大学附属法医学教育研究センター助教
薬学部生時代に細菌学とウイルス学に興味を持ち、2006年、千葉大学法医学教室へ入局、2012年、「ヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori)」の持つ毒素の遺伝子多型を利用した身元不明死体の出身地域推定の研究で博士号を取得。現在は、DNA型鑑定やLC/MS/MSなどの機器を用いた薬毒物検査などの実務をこなしながら、DNAや薬毒物関連の研究を行っている。