【永澤】もちろん、50回で50人分の検査ができるわけではありません。1体につき2~3カ所の反応を見る場合がありますので、50反応分の試薬でも25体分しかできないということになります。作業を行う安全キャビネットは、サイズにもよりますが200万円くらいです。

——「安全キャビネット」とはどのようなものですか?

安全キャビネット
安全キャビネット(写真提供=千葉大法医学教室)

【永澤】バイオハザード(生物学的な危害要因)を封じ込めるための“箱”のようなものです。検体の感染症から作業者の身を守るために箱の中を陰圧にし、上部にHEPAフィルターをつけ、病原体が箱外に漏出しないようにしたものです。

この箱の中で検査をすれば、作業者への感染を防ぐことができますし、検体をクリーンな空間で扱うことができます。

——3月時点で、千葉大の法医学教室には、すでに設備があったのですね。

【永澤】はい。実は偶然なのですが、今から12年前、私自身が修士課程から博士課程へ進学する際、担当の教授から「何か研究に必要なものはありますか?」と聞かれたので、「リアルタイムPCRの機器が欲しいです」とお願いし、購入してもらっていたのです。

おかげさまでそれが今、想定外の場面で活躍してくれることになりました。

国も県もお金は出さない……PCR検査は大学の経費

——法医学教室で行われたPCR検査の費用は、国や県から支払われるのでしょうか。

【永澤】実は、ご遺体のPCR検査費用は、今のところどこからも出ません。そのような法律も、規則もないんです。私たちが現在行っているPCR検査については完全に無償で、大学の経費で賄っています。どこかに請求しようという予定もありません。

——どこからも費用が出ないのですか?

【永澤】はい。日本ではこれまで、ご遺体に対する各種検査や経費負担の議論がほとんど行われてきませんでした。ちなみに、日本で死亡したアメリカ人のご遺体を空輸して母国に返す際は、PCR検査をして陰性でなければならないそうです。他国では死者に対してもそれくらい慎重になっているのですが。

——警察の科捜研などでは変死体のPCR検査をしているのでしょうか。

【永澤】検視官から科捜研へ要望はあったようですが、ほとんど行っていないと聞いています。

警察の場合は犯罪捜査がメインなので、「感染症のPCR検査は実施しない」という判断は正しいと思います。科警研や科捜研で行っているDNA検査は、あくまでも物体検査や個人識別のためですので、今回のようなウイルス検出とは目的が異なります。

——国内で見つかった変死体のPCR検査やウイルスに関する研究は、ごく一部の法医学教室に委ねられているということですね。

【永澤】たしかにこのままでは深刻だと思いますが、今回の新型コロナの感染拡大をきっかけに、国も少しずつ私たちの声にも耳を傾けてくれていますので、今後に期待したいです。

「PCR検査に過度な期待をするべきではない」

——メディアなどでは盛んに「PCR検査をもっと増やすべきだ」といった声が上がり、最近は検査数も増えてきています。これは、死者ではなく、生きている人の話ですが、この現状をPCR検査の専門家としてどう思いますか。

【永澤】検査数を増やすこと自体は悪いことではありませんし、症状がある人に対しての確定診断としては有効です。ただ、PCRの結果に一喜一憂するのはどうかと思います。