「国民作家」司馬遼太郎──。彼の手によって描かれた魅力的な群像。激動期を生き抜いたさまざまな「彼」の物語、「もう一つの日本」の物語から、混迷の現代を生きる我々は何を学ぶべきか。司馬文学研究の第一人者が語る。
<strong>松本健一</strong>●作家・評論家・麗澤大学教授。1946年、群馬県生まれ。東京大学経済学部卒業。95年『近代アジア 精神史の試み』でアジア太平洋賞、98年『日本の近代』で吉田茂賞、2005年『評伝 北一輝』で毎日出版文化賞、司馬遼太郎賞を受賞。ほか著書多数。
松本健一●作家・評論家・麗澤大学教授。1946年、群馬県生まれ。東京大学経済学部卒業。95年『近代アジア 精神史の試み』でアジア太平洋賞、98年『日本の近代』で吉田茂賞、2005年『評伝 北一輝』で毎日出版文化賞、司馬遼太郎賞を受賞。ほか著書多数。

いま日本は、「第三の開国」の真っ只中にあります。外の世界秩序が大きく変わると、それに合わせて国内体制の変革が迫られる。それが「開国」という日本に特殊な歴史現象です。

日本が初めて経験した「第一の開国」は、西洋文明に対して統一した国民国家をつくる必要に迫られた幕末維新でした。「第二の開国」は、アメリカという外の力で民主化された第二次世界大戦の敗戦後です。そして「第三の開国」は、ベルリンの壁の崩壊によって、東西2つに分かれていた地球が一つになる1989年以降。このグローバル化の波が、現在も日本に押し寄せてきています。

開国は、国内体制の変革という一種の革命を伴います。ただ、日本の場合は、革命というより、本質的なものは変えずに時代に合うよう改めていく「維新」(維れ新たなり)のほうが必要とされます。鳩山由紀夫総理が所信表明演説で、今回の政権交代を「無血の平成維新」と位置付けたのも、現在が開国の時代だという認識があるからでしょう。

このような激動の時代において、私たちは「第一の開国」である幕末維新を駆け抜けた人々の生き方から学ぶことが少なからずあります。その意味で、次の時代を担う若い世代や現在活躍する現役世代が、司馬遼太郎さんの歴史小説に触れることはとてもいいことだと思います。

近代文学の典型は、自己形成の過程を描くビルデゥングス・ロマンという形式です。私はこうして生まれ、こういう人と出会って別れ、こういう壁を乗り越えてこのような人間になった、それを見てくれ、「Look at me」という文学です。パターンは多少違っても、夏目漱石から芥川龍之介、太宰治、現代文学の大江健三郎にいたるまで、すべてこの系譜といっていいでしょう。