改憲発議もできないのにヒトラー?
2016年3月に「報道ステーション」が報じた「特集 独ワイマール憲法の“教訓”」は大きな話題を呼んだ。自民党が憲法草案に「緊急事態条項」を盛り込んだことを、ドイツのワイマール憲法にある「国家緊急権」と重ね、これを利用してきたナチス・ヒトラーと自民党・安倍晋三を重ね、「危険だ」と告発する内容だった。この放送は同年度の「ギャラクシー賞・大賞」(放送批評懇談会)を受賞した。
改憲派の筆者としては歴代最長政権をもってしても憲法9条改正の発議すらできないのに何がヒトラーか、と言いたくもなるのだが、いずれにしろこうしてヒトラーという絶対悪のカードを切り、視聴者の思考を停止させ、改憲を阻止しようというのが番組の意向だったわけである。
歴史の安易な引用は本質を見誤ることにつながる。一致するところだけを見れば、かなり幅広い範囲でヒトラーを絡めて論ずることができるからだ。例えば、今回の新型コロナウイルス禍で緊急事態宣言やロックダウンという「強権発動」を求める声は多かったが、そこに「われわれ自身の中のヒトラー(を求める声)」を想起することもできるのだ。
ヒトラーと習近平3つの共通点
そうしたことに留意したうえで、あえて現代の「ヒトラー的」人物を挙げるなら、冒頭でも指摘した通り中国の習近平国家主席を置いて他にはないだろう。これすら珍しいたとえではないし、国際政治に目を向ければプーチンはもちろん、文在寅までがヒトラー的と言われる昨今だ。だが日本の政治家たちがその“手法”をヒトラー的と指摘されてきたのとは違い、習近平は国民を動かす“理念”がヒトラーと一致している点に注目したい。
具体的に三点を挙げよう。
①「国家の歴史上の屈辱」を動機とする失地回復を正当化する。
②「偉大なる中華民族の夢」の実現を国民に認識させる。
③特定の民族を根絶やしにする「絶滅思想」を持ち、しかも実行に移している。
第1次大戦後に台頭したヒトラーは、第1次大戦で敗北し、多大な戦後賠償を背負わされたドイツ人の「屈辱」に訴えかけ経済回復と失地回復を唱え、「偉大なるアーリア人」という人種思想を吹聴し、優れた人種である自分たちこそが世界を征服すべきだと述べ、"劣った"人種でありながらアーリア人を侵食しかねないユダヤ人を差別するどころか、絶滅を企図し実行した。
こうしたヒトラーの性質が、習近平とぴたりと一致するのである。
もちろんこれも、「一致するところをあえて指摘した」ものであり、①や②については多かれ少なかれ、国民国家が国民に対して共同体としてのまとまりを形成するために使う論理だ、ともいえるだろう。だが③についてはどうか。ヒトラーの行状の中でも最も悪名高いユダヤ人絶滅と同じ施策を、中国は現在進行形で行っているのである。