「お金にならない政治活動」に興味がない人々

世界各国が香港のゆくえに注目し、政治的存亡の危機にさらされている中、当の香港市民でもこうした動きに興味を向けない人々がいる。それは低賃金で長時間労働を強いられている労働者だ。

香港の不動産価格は過去10年でおよそ3倍に値上がりした物件も少なくない。その結果、多くの人々の家賃支出は収入と釣り合わず、ついには大量のホームレスを生み出すこととなった。貧困層救済のために政府は公営住宅を斡旋あっせんしているものの、目下3~4年待ちはザラ、という状況だ。

いまや、香港では貧困ラインを下回る「絶対貧困者」(※)は5人に1人という割合にまで増加。「貧富の差」は過去40年間で最大レベルに広がってしまった。コロナ禍以前は、深夜に24時間営業のマクドナルドに行くと「ここなら安全で治安が良いから」と大勢の「家なき人々」が寝込んでいるのを目にした。生活保護を受けても、その金額は広さわずか9~10平方メートルの簡易宿舎の家賃平均を下回る。こうした困窮する人々が「お金にならない政治活動」に興味を持つとは到底考えられない。

※必要最低限の生活水準を維持するための食糧・生活必需品を購入できる所得・消費水準に達していない人を指す。

「もう中国の領土なのだから」

もっとも「国境」を越えて中国本土の深センに行けば、香港の家賃相場のわずか20~25%の予算があればそこそこの住居に住める。そのため「寝るのは家賃が安い中国本土、働くのは香港」という暮らしでどうにか糊口ここうをしのぐ人々も多く、こうした生活基盤を自らの選択で中国へ移した人々に対し「香港の民主化うんぬん」とか「中国は香港人の権利を踏みにじる」などと訴えたところで共感が得られるわけがない。

中には、「返還前の方がまだ貧困対策が手厚かった」と語るホームレスもいる。しかし、返還以前の自由で闊達かったつな暮らしを記憶している世代でも、生活が楽とは言えない低所得層として暮らす人々は「ここ数年のデモによる社会混乱や経済の停滞は耐えがたい」と訴え、ついには「もう香港は中国の領土なのだから、中国の管理や指示に従うべきだ」と平気で口にするようになった。もはや「一国二制度の維持」ではなく、「足元の社会安定」を期待する気持ちの方が大きいことがうかがえる。