この街で生きる人の「心の憂さ」を受け止める
ますます強気の発言は影をひそめる。りっちゃんは続ける。
「……たとえ将軍様でも、一般大衆でも、乞食でも、誰でも生きていればガス抜きが必要になる。それがこの新宿二丁目なんですよ。一生懸命働いて、一生懸命暮らして、人間は生きていく。そして、この街にそのガスを捨てに来る。ほら、『こころのうさの捨てどころ』って歌の文句にあったでしょう。あれこそ新宿二丁目なんだから。……知ってる? 若いから、知らないか?」
——世の中の人々の「心の憂さ」を受け止める覚悟を持って、半世紀にわたってこの仕事を続けてきたのですか?
質問に対して、りっちゃんは鼻で笑った。
「いやいや、そこまで高尚な考えはないよ。単に私自身が生きるがための飯のタネ。だから50年間もやってこられただけ。でもね……」
少しの間をおいて、りっちゃんは言う。
「……でもね、この街で生きているコたちが、お腹を空かせていたり、『今日の仕事は辛かった』って、誰かに愚痴をこぼしたいのなら、私でよければよろこんでそれを受け止めるつもりは持っているから。それはずっと変わっていないから」
それまで、「オレ」と話していたのに、気がつけばいつの間にか、「私」と人称が変わっていた。グラスを傾けるペースは相変わらず変わらない。
「これだけしゃべれば、もういいだろ。お腹減ったろ? おにぎりでも食べて行けよ。おーい、カジくん! なにかつくってやってよ!」
りっちゃんのテンションは相変わらず高い。空は白んでいる。新しい朝がやってきた。
50年目を迎えた「クイン」。その長い、長い1日がようやく終わろうとしている──。