“ゲイの街”として知られる新宿二丁目に、深夜営業の食堂がある。そこで働く「りっちゃん」は、約50年にわたり街の移り変わりを見守ってきた。彼女の目に今の新宿二丁目はどう映るのか、ノンフィクションライターの長谷川晶一が話を聞いた——。

※本稿は、長谷川晶一『生と性が交錯する街 新宿二丁目』(角川新書)の一部を再編集したものです。

雨の降る新宿の夜
写真=iStock.com/FilippoBacci
※写真はイメージです

新宿二丁目の人々の胃袋を満たして約半世紀

「アンタ、オレの乳首、見てみる?」

自らのことを「オレ」と言いながら、グイグイと手元のビールを呑み干している。女性ではあるものの、「オレ」と口にしているが、りっちゃんはゲイでも、レズビアンでも、トランスジェンダーでもない。いわゆる異性愛者、ストレートである。

時刻は深夜3時を過ぎていた。店内には数名の客が黙々とドンブリをかき込んでいる。一方は酔ったサラリーマンのふたり組。もう一方はゲイと思しきカップルたち。視界の片隅でふたりが仲睦まじくじゃれ合っている様子が確認できる。

そして、厨房の奥ではりっちゃんの夫である「カジくん」がせわしなくフライパンを操っている。深夜から早朝にかけて、新宿二丁目の人々の胃袋を満たして約半世紀。

これが、りっちゃんとカジくんの日常である。

「24時間営業していた頃は、とっても忙しかったけど儲かったわよ。銀座の女の子たちも多かったね。銀座のクラブのコたちは店が終わると、六本木、赤坂に遊びに行く。そこが終わるとみんなで歌舞伎町に行って、そのあとにこの街にやって来て、みんなが新宿二丁目で1日を締める。あの頃はみんな元気だったから、どんなに忙しくても、疲れていても決して家に帰らない。だからオレたちも忙しかったけど、儲かったのよ(笑)」

まだまだ話は終わりそうにない。りっちゃんはますます饒舌になっていく。

長い夜となりそうだった──。