「現在、大半の西洋薬には添付文書の副作用に『間質性肺炎』と記載してあります。ですから今、西洋薬で間質性肺炎が仮に起こったとしても、驚きはないでしょう。当時の漢方薬における副作用事例は、頻度が少ないだけにものすごく目立ってしまった印象がある」

患者にも医師にも安全神話があった──修琴堂大塚医院院長の渡辺賢治医師が、当時を振り返る。

「漢方界には『漢方を知らない医師が処方したから副作用が起きた』という指摘もありましたが、それだけではありません。適切な処方をしたとしても、副作用は起こりえます。ただこれ以降、医師が漢方薬に対しても副作用のチェックをしながら安全使用に気を配るようになりました。大きな転機だったと思います」

結論としては、「天然物=安全」という、『ファクトフルネス』で示される「単純化本能(※3)」から副作用が過大に評価されてしまったといえる。しかし「危険度×頻度」という科学的な視点から考えれば、リスクは決して高くなかったということだ。

※3「世界はひとつの切り口で理解できる」という思い込み。

あのメジャーな薬にエビデンスがない理由

一方で、「薬の効果」については数字だけで判断するのはむしろ偏りが出る。実は西洋医学で根拠があるとされる試験法(二重盲検ランダム化比較試験)をベースに考えると、漢方薬にエビデンスはない。

秋葉医師は「一番のエビデンスは、皆が使って『効く!』という実感をもっている薬」と強調する。世の中の評価が定まっている薬が、最上級のエビデンスではないか、と言う。

「西洋医学でも、アスピリン、フロセミド、ジギタリス、モルヒネなどはエビデンスがありません。解熱剤でも利尿薬でも、昔から当たり前のように使われている薬は臨床試験が行われていません」と巽医師。

漢方薬、西洋薬を問わず、副作用のリスクを挙げればきりがないが、医師は患者にとって服薬で得られるメリット(効果)がデメリット(副作用)を上回ると判断したときに薬を処方する。

小柴胡湯の併用による肺炎の改善例

実は小柴胡湯には、西洋薬にはない効果──過剰な炎症が起こったときにそれを鎮め、炎症で障害された組織の修復を促す働きがある。そのため、肺炎のときに西洋薬(抗菌薬)と一緒に服用すると回復が早い。そうした治療経験がある井齋医師が語る。

「西洋薬は肺炎を起こす原因となっているもの(細菌)には力を発揮するものの、すでに起こっている肺の炎症には無力。当院では肺炎の患者さんに抗菌薬と小柴胡湯を4時間おきに投与します。すると肺の炎症が1週間程度で消えるのです(写真参照)」

新型コロナウイルスによる肺炎にも小柴胡湯が効くのではないか?と噂話が流れたことがあった。エビデンスはこれから確かめられていくだろうが、毎年新しい病が出現し、医学は日々進歩する。「薬の副作用と効果」は「いつもこうあるはず(=宿命本能※4)」と思い込まないことが最も大切だろう。

※4「すべてはあらかじめ決まっている」という思い込み。

松田弘之
松田弘之
司生堂クリニック院長
 

井齋偉矢
井齋偉矢
日高徳洲会病院院長
 

秋葉哲生
秋葉哲生
あきば伝統医学 クリニック院長
 

巽 浩一郎
巽 浩一郎
千葉大学呼吸器内科教授
 

渡辺賢治
渡辺賢治
修琴堂大塚医院院長
 
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