危機下で消えかける「グルテンフリーブーム」

「この手作りパンブームには面白さを感じます。1カ月前は、誰もが健康を考えてグルテンフリーの食事をしていたのに、今や突然に誰もがパン屋になってしまいました」とパンの研究者であり、元々パン屋をしていたマッダレーナボルサトさんは言います。

グルテンフリーとは小麦や大麦、ライ麦などに含まれるグルテンを抜く健康法で、近年グルテンフリー市場は急拡大を続けていたという背景があります。アメリカのグルテンフリー市場規模は2015年に45億6000万ドル、2020年には75億9000万ドルになると予想されていました(MarketsandMarketsの調査結果より)。健康意識を高めていたアメリカ人も、ここへきて「コロナウイルス・ベイキング」に目覚めたことで突然踵を返して、再びグルテンに向き合うことになりました。コロナショックによる、人々の意識改革はこんなところにも起きていたことがわかります。

なぜ、パン作りをする人が世界で急増しているのか? 日本だけでなく文化の異なる国においても、同様のムーブメントが起きているわけですから、文化を超えた「人間の本質的な欲求」に突き動かされているものと予想します。

自粛生活で受動的な娯楽に飽き飽きしている

まず1つ目はコロナが起こした「おうち時間」の創造によると考えます。今は家族みんながおうちで時間を過ごす、歴史的にも初めての「おうち時間」が起きています。会社に通勤していた夫はリモートワークで在宅勤務、学校に通っていた子どもは長い春休みと外出自粛でずっと家にいる「家族全員が在宅」という核家族での過ごし方に、惑う人も多いのではないでしょうか。

一緒に生地を練る母と息子の手
※写真はイメージです(写真=iStock.com/Maksym Belchenko)

パンの手作りはこれまでの「時短・簡単クッキング」「フードデリバリー」「外食」のブームとは真逆をいくものです。30分間から1時間程度の発酵作業が2回も必要なので、手間も時間もかかります。しかしながら、「おうち時間」を持て余した家族が絆を深め合うのにパン作りは一役買ってくれるのでしょう。

そして2つ目の理由、それは「受動的な娯楽への飽き」です。コロナ禍により、外出自粛、ロックダウンで、自宅のインターネットのトラフィックが急増しています。動画配信、ゲームなどの娯楽で時を過ごす人も増えています。動画配信サービスの中には期間限定で無料配信をスタートさせるなど、休館中の水族館や博物館が動画配信で「バーチャル鑑賞」ができるようにと工夫を凝らしています。ですが、こうした受け身の娯楽に飽きてしまう人も出てきたのではないでしょうか。パン作りは待っているだけでは、おいしいパンはできません。