「会話力」は学力と関係ない
バイリンガル教育が専門のカナダのトロント大学教授のジム・カミンズも、母語の能力が外国語学習を支えるとしている。トロント在住の日本人小学生を対象としたカミンズたちの研究によれば、母語の読み書き能力をしっかり身につけてからカナダに移住した子どもは、しばらくすると現地の子どもたち並みの読み書き能力を身につけることができる。それに対して、母語をきちんと身につける前の年少時に移住した子どもは、発音はわりとすぐに習得するものの、読み書き能力はなかなか身につかない。
学力と関係するのは、会話力や発音ではなく、読み書き能力なので、教科学習をしっかり習得できるだけの言語能力、つまり学習言語の習得という意味では、年少で移住するより年長(5~6年生)で移住した方が好ましいことが明らかになったのだ。年少時に移住した子どもたちは、すぐに会話ができるようになるものの、学習言語の習得に支障があり、授業についていけなくなる。
日本語を鍛えないと思考力が伸びない
ここで重要なのは、日常会話で用いるコミュニケーション言語と勉強に必要な学習言語を区別することである。コミュニケーション言語を習得することで日常会話はうまくこなせても、それだけでは学校での勉強など知的活動をスムーズに行うことはできない。
母語の学習、私たち日本人であれば日本語の学習をおろそかにして英会話に時間や労力を費やし、「うちの子は英語でアメリカ人と会話ができる」などと喜んでいると、バイリンガルどころかセミリンガルになってしまい、後に学校の勉強についていけなくなる恐れがある。セミリンガルとは、この場合で言えば、日本語力も英語力も両方とも中途半端で、思考の道具としての言語を失った状態を指す。
つまり、日本語も英語もペラペラになったとしても、思考の道具としての学習言語を身につけていないため、学校の授業についていけないばかりか、自分の内面の繊細な思いを表現できなかったり、抽象的な議論が理解できなかったりする。これでは専門的な本を読むこともできないし、就ける職業も限られてくる。
私たち日本人は日本語でものを考える。ゆえに、まずは日本語能力を鍛えておかないとものを考えることのできない頭になってしまうのである。