薬物犯罪はすべて「イタチごっこ」、ゴールはない

——今では「危険ドラッグ」の店舗は姿を消しました。

「危険ドラッグ」は、身体への影響は麻薬や覚醒剤と変わりませんが、法律で規制された物質の化学構造を少し変えたものが合法として使われていました。これを規制しても置換基の配置を少しだけ変えたものが次から次に出てくる。そうすると取り締まりができない。これが「イタチごっこ」と揶揄やゆされたゆえんです。ケミカルな世界ですから、いくらでも新しいものが作れてしまうわけです。

これに対し、厚労省は、化学構造の基本骨格が共通する物質群をまとめて指定薬物に指定する「包括指定」ということを行ったわけです。われわれはこれを「武器」に警察と協力して徹底的に取り締まり、全国の販売店を撲滅できたのです。これは世界的にも評価されています。

——店舗は撲滅されましたが、地下化したと指摘されています。

その通りです。使用者はがぜん減りましたが、それでもヘビーユーザーの間では根強い人気がある。密売グループは地下に潜り彼らを相手にインターネットで巧妙な販売を続けています。だから、薬物犯罪というのは、すべて「イタチごっこ」になります。ゴールはなかなかないのです。

——薬物汚染を防ぐ有効な手はあるのでしょうか。

ワクチンや特効薬は今のところ、ありません。密輸・密売組織に対する取り締まりの徹底は当然ですが、予防教育と再乱用対策(依存対策)を強化することが求められます。

薬物汚染を食い止める「ワクチン」

——教育が「ワクチン」であり、薬物汚染の防波堤になるということですか。

元厚労省麻薬取締官の瀬戸晴海氏
元関東信越厚生局麻薬取締部部長の瀬戸晴海氏(写真撮影=渡邉茂樹)

そうです。まずは一次予防、薬物を乱用させないための予防教育です。従来学生や若者を対象に、積極的に進められてきましたが、今後は、これをさらに強化する。企業や行政機関、民間団体をその対象としても進めて行く。企業等にとっては、自社のリスク管理にもつながります。年齢、立場、理解力に応じて、より踏み込んだ指導が必要でしょう。

同時に二次予防、再乱用の防止(依存対策)を強化する必要がある。特に覚醒剤事犯は再犯(再乱用)率が高い。60%を超えています。再犯をなくさなければ、覚醒剤犯罪は永遠になくなりません。

2016年に国は「再犯防止推進法」を制定しました。それを受けて「再犯防止推進計画」が閣議決定されて、各自治体も同様の計画を策定して取り組みを一層強化しています。

「マトリ」等の取締機関、矯正機関、行政機関、医療機関、そして民間団体が連携する仕組みが作られています。この取り組みは積極的に進められていますが、これが社会全体に伝わっていないというもどかしさを感じます。再乱用防止は、治療に加え、就労支援も必要となります。いわば地域社会全体の問題となるのです。この点をマスコミの皆さんには是非、世の中に伝えてほしいと願っています。