水泳向きではないとされた躰で4つの金メダル

北島の身長は177センチと水泳選手としては小柄だ。水を掻く足、手も小さい。そして躯が硬い。それまでの水泳界の常識では、伸びしろが大きい選手とされてこなかった。

「北島みたいな躯の硬い奴が速くなるわけないと言われて、悔しく思っていた時期があったんです。でも、筋肉が硬いというのは、強い力がでやすいということなんです。逆に躯が柔らかい選手は関節を痛めやすい。(しなやかな動きができて)水を捉えるのがうまくても、ウエイトトレーニングで筋肉がつきにくいと、スピードが出ない」

周知の通り、北島は、2004年のアテネ、そして2008年の北京オリンピックの100メートルと200メートル平泳ぎで金メダルを獲得した。平井の見立てが正しかったことになる。

平井と北島の関係は、マラソンの中村清と瀬古利彦のように濃密ですねとぼくが感想を漏らした。すると中村さんと瀬古さんの関係をぼくは詳しく知りませんが、と前置きした上で、ぼくはマンツーマンの関係を避けてきました、と言った。

「東京スイミングセンターはグループでやるのが基本。マンツーマンはほとんどない。できるだけ避けていました。マンツーマンの指導は選手にとってもコーチにとっても互いにきついものです。」

早くから将来を嘱望された水泳選手は、子どもの頃から大切に育てられてきている。コーチには自分だけを見てほしいという独占欲が強い、という選手もいるという。平井はそうした選手をあえて突き放す。

長く勝つには集団でもうまくやれるか

平井は前出の『見抜く力』で水泳選手の適性——「SID」についてこう書いている。

〈水泳という競技は、チームスポーツではないが、一緒にトレーニングしている仲間をはじめ、コーチやトレーナーがどんな人間なのか、お互いに認めあったり協力する関係が大切である。
そこでいい関係を保っていける選手のほうが、強くなれるし伸びる芽があるのだ〉

水泳選手は、地道に努力を積み上げ、プレッシャーに耐えなければならない。まさに個人競技のSIDである。平井はそれだけでは十分ではないと考えている。

「1回だけ結果を出すだけだったら、どんな性格だっていいんですよ。でも、長く勝つには集団でやっていくことも覚えなければならない。メダリストというのはそのチームの中のトップのようなもの。そのトップが他のメンバーのことを認められない、あるいはチームの中でストレスを抱えているようではお手本にならない。あいつは記録は出すけれど、性格悪いよっていう風だと誰もついていかない。そういう選手は辞めた後、人生が大変なことになる。グループでやっていける選手は引退後も社会に出ても大丈夫なんです」

平井は自分には選手の人生に対して一定の責任があると考えている。

「ぼくたちは選手の一番多感な時期を預かっているんですから」

今の手法に確信を持つようになったのは、やはり北島だった。