「エクスペリエンス思考」で戦略を組み立てる

この「エクスペリエンス戦略」をわかりやすく説明するには、スターバックスを世界最大のコーヒーショップチェーンにまで導いた、元CEOハワード・シュルツ氏の逸話を紹介するのが早いだろう。

シュルツ氏の考え方が旧来の喫茶店経営者と違ったのは、「スターバックスを訪れたお客さまに、どういう体験(エクスペリエンス)を提供したいか?」から逆算して、店作りを考えたという点にある。

普通、カフェをオープンしようと思ったら、「おいしいコーヒーを提供する」「それをなるべく低価格で提供する」、あるいは「雰囲気のいいおしゃれな内装にする」などといった方法論ばかりが先に立つ。しかしシュルツ氏は、「スターバックスをサードプレイス(第三の居場所)にする」というコンセプトを掲げることで、まったく新しい店作りに成功した。

より具体的には、ただ「コーヒーを提供する店」ではなく、「お客さまにとっての家や会社(や学校)とは違う、心地よく過ごしてもらう第三の居場所を体験する場」と再定義したのである。

このような戦略の定義付けができたからこそ、シュルツ氏は「どんなコーヒーを出すか?」「どんな内装にするか?」「どんな接客にするか?」といった戦術のすべてを「お客様の感動体験」を第一に据えて考えることができたのだ。

iPodやiPhone、MacBook Airの開発にも生かされた発想

そこから逆算していけば、正しい答えはおのずと導き出される。正しい問いを立てれば、正しい答えが得られるというわけだ。その結果が、世界最大のコーヒーチェーンという、大きな成果につながった。

シュルツ氏同様「エクスペリエンス戦略」を採ることで大きな成功を収めたのが、Apple創設者の一人であるスティーブ・ジョブズ氏だ。

ジョブズ氏は、「自分はどんなものを生み出したいか?」「顧客はどんな製品を欲しがっているのか?」といった従来の製品開発の思考法の枠を超え、「どんな製品だったら顧客は“圧倒的に”感動するだろうか?」といった視点に立って、製品の開発を進めていた。そうして生み出された製品が、iPodやiPhone、MacBook Airなど、顧客に圧倒的熱狂を巻き起こした一連の製品群だった。

Appleが「エクスペリエンス戦略」を採っていることを証明するかのように、Appleの現CEOティム・クック氏は、ジョブズ氏の言葉を借りながら、次のように述べている。

「我々のテクノロジーは、素晴らしくなければならない、あるいは彼(筆者注:ジョブズ氏)の言葉を借りれば「とてつもなく素晴らしく」なければならない。なぜならば、これこそが未来をコントロールし、品質やユーザーエクスペリエンスをコントロールできる唯一の方法だからだ」(「iPhone Mania」2017年6月16日より)