テスラ社は単純な「製品」を売る会社ではない

競争の激しい自動車業界の中で、この「エクスペリエンス戦略」を採り急成長を遂げているのが、テスラ・モーターズ社である。多くの人がそんなテスラ社を、「エネルギー効率がよく、CO2排出のない、環境にやさしい自動運転の電気自動車を提供している会社」であると思っているだろう。

ただテスラ社は、そういった単純な「製品」を売っている会社ではない。テスラ社は、創業当時から「圧倒的な顧客体験」を売っている会社なのだ。テスラ社の車が他の追随を許さない確固たるポジションを築いているのは、次の二つの機能を持っているからだ。

・永遠に進化し続けるソフトウエア
・他の追随を許さないビッグデータの蓄積

テスラ社のすべての電気自動車には、ソフトウエアが搭載されている。これは、みなさんお持ちのスマホアプリのシステムに似たものである。あなたのスマホにダウンロードされているさまざまなアプリも、数カ月に一度といった頻度でアップデートされ、どんどん使いやすくなっているだろう。テスラ社は、それと同じことを自動車でも実現しているのだ。

商品は「圧倒的な顧客体験」

この戦略によってテスラ社の車は、旧型のモデルであっても、常に最新のシステムを使うことができるようになっている。直近のアップデートではこれまで機能として有していなかった、駐車場や私道において車から200フィート(約61メートル)以内にいる場合に、スマートフォンのアプリ操作によって、自動運転で車を呼び寄せられる機能が追加された。

この機能が作動しているところを見れば、誰もが近い将来、運転手が完全に不要になる未来がくることを確信するだろう。これは未来を垣間見ているような、そんな圧倒的な感動体験をもたらしてくれる。

もっと直近の話で言えば、2019年11月に発売された「サイバートラック」も話題となった。私の周りでも何人かが発表直後にネットで直接予約していたが、このサイバートラックはマスク氏のTwitterによると、予約注文が発売3日で20万台に到達したという。

テスラ型企業が営業マンを消滅させる

このような最高の「エクスペリエンス」を提供できる会社が行き着く先は、「営業をする必要すらない世界」である。思えばテスラ社が属する自動車産業の世界は、保険や証券と並ぶ、「伝説の営業マン」が誕生するような業界であった。しかしそれは裏を返せば、天才的な営業マンがいなければ成り立たない世界であったとも言える。

テスラ社はこれまで顧客に与えてきた「圧倒的な感動体験」を通して、熱心なファンを生み出してきた。そしてこのファンにとってはもはや、テスラ社の車をセールスされる必要がまったくないのである。テスラ社の感動体験を経験した顧客は、押し売りなどされずとも、自らテスラ社の製品情報を取りにいく。そしてこの顧客が口コミを拡散する。だから彼らは、営業など不要という新たな地平を切り拓くことができたのだ。

2019年3月には、テスラ社が店舗閉鎖の計画を一部撤回したというニュースも流れたが、同時にテスラ社は「世界中のすべての販売は今後もオンラインで行われるということを明確にしておきたい」と発表している。マスク氏の全面オンライン販売化への意欲は、決して消えていないのである。