しかも、2月20日、船で感染した日本人男女2人が死亡したと発表されたとき、安倍は「政府一丸となって国民の健康を守る責任がある」と記者に語った後、六本木の料理店で、安倍応援団の金美齢など右派連中とともに、会食していたというのである(LITERA2月22日より)。
国民に不自由な生活を強いておきながら、自分は嫌韓・嫌中派たちと美食三昧というのでは、怒るというよりも呆れ果てるしかない。
服従、沈黙、傍観、無関心が一番いけない
この危機感と真剣さの欠如した対応に呆れたのだろう、「選手を命の危険にさらすことはできない」と、南アフリカ・サッカー協会が、3月27日に予定されていた23歳以下(U23)日本代表との親善試合に、南ア代表を派遣しないと表明した。
このままでは、東京五輪開催も危ういと、ロンドンの市長選に立候補している2人が、ロンドンで開催してもいいといい出した。
ウソで固めて無理やり招致したため、「汚れたオリンピック」という不名誉な称号までついた東京五輪。IOC委員への賄賂疑惑、原発汚染水はコントロールされている、8月の日本は気候温暖など、口から出まかせのウソ八百は、海外から見れば、信用ならない国と見えるのは当然である。
いまわれわれに必要なのは、安倍政権がこれまでやってきた、国民を軽視し、憲法を蔑ろにし、国を私物化するやり口を、絶対に忘れないことである。
安倍が去っても、第2、第3の安倍は出て来る。安倍的なやり方は絶対許さない。たかだか、3割強しかいない安倍支持者など、4割の有権者が「ノー」といえば、簡単にひっくり返る。
服従、沈黙、傍観、無関心が一番いけない。
辺見庸も『永遠の不服従のために』(鉄筆)の中で取り上げているが、チャールズ・ブコウスキーは『町でいちばんの美女』(新潮文庫)の「政治ほどくだらないことはない」で、「われわれは突然、自分たちの命が愚かな連中の手中にあることに気づくのである」といっている。
そう、われわれは今こそ気づくべきである。過ちては改むるに憚ること勿れ。これ以上「アベノウイルス」感染を放置しておくことは、国が崩壊することであると。(文中敬称略)