海外留学を断り“出世”の本筋から外れる

大学院では分子病理学を専攻し、精巣癌の進展メカニズムについて研究を行なった。大学の指導教員から、大学に残るため海外留学し基礎研究を継続してはどうか、と薦められたこともある。しかし、自分がやりたいのは臨床――患者を診ることであると断った。自然と彼は“出世”の本筋から離れることになった。

撮影=中村治
コンソールで巧みに4本のアームを操る武中氏。「ロボット手術はロジカルなもの。手術前のブリーフィング(説明)で9割手術は終わっている」という

その後、大学病院を離れて兵庫県内の基幹病院に勤務することになった。そして、ほぼ毎月、札幌の医学部解剖学研究室に通っている。

「とにかく手術が上手くなりたかった。その研究室に、当時珍しかった新鮮凍結遺体という献体があったんです。通常、ご遺体はホルマリン固定後、保管される。人体解剖って実は分かっていない部分がたくさんある。ホルマリンで固定されると、手術時に展開する剥離層や末梢自律神経の詳細な走行は分からない。それを明らかにするために、特殊なご献体がある解剖学研究室に通いました。また、そういうご献体が日本以上に豊富にある韓国の解剖学教室に行ったこともあります」

大学院時代、武中は病理学教室に所属していた。その経験もあって、人体を形態学的に解明したいという思いが強かったのだ。

外科解剖は車のナビゲーション

2003年4月、武中は川崎医科大学の泌尿器科学講座の講師となっている。約10年ぶりの大学病院への復帰だった。川崎医科大学の教授となった先輩から強く誘われたのだ。武中は何度か断ったが、人は誘われるうちが花だと思い直した。

大学では臨床以外に研究の時間や論文を書く時間が与えられる。武中はこれまで行なってきた外科解剖学研究を文章にしたためることにした。論文は『ザ・ジャーナル・オブ・ウロロジー』の2004年9月号に掲載された。すると武中が戸惑うほど、世界中から反応があった。その背景には医学界の新しい動き――手術支援ロボットの存在があった。

「喩えるならば、解剖は車のナビゲーションなんです。運転技術が適当な間は、緩いナビでも大丈夫。ところがロボット手術は運転技術が完璧。ロボット手術をやろうとしたら、実はナビが20年前の旧製品だって話になったんです。これまで使っていた地図というのは古典的でロボット手術の役に立たなかった」

武中は人体解剖学研究を続けるうちに、これまで知られていなかった人体の暗闇である、微細構造に光を当てていたのだ。