2年前に自らも「認知症になった」と公表した専門医がいる。医師の長谷川和夫氏は「嘘をついて、騙して受診させるケースもあるようですが、ボクは騙すのは反対です。何となくおかしい、尊厳をもって扱われていないということは、認知症になってからでもわかります」という――。

※本稿は、長谷川和夫・猪熊律子『ボクはやっと認知症のことがわかった 自らも認知症になった専門医が、日本人に伝えたい遺言』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

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認知症ケアの指針「パーソン・センタード・ケア」とは

ボクは、愛知県東春日井郡(現・春日井市)で生まれ、銀行員の父と、優しい母のもとで育ちました。医者をしていた叔父に野口英世の伝記を薦められて読み、医者という仕事をしたいと思うようになりました。その後、東京慈恵会医科大学に入り、脳科学や精神医学に興味をもちました。

やがて認知症と出合い、その研究や仕事をしてきたすえに、自分も認知症になりました。そういうことがあって、いまの自分がある。こんな経歴と、ボクのような周囲との絆をもっているのは、自分一人だけです。人はみんな、それぞれ違っていて、それぞれが尊い。認知症になったからといって、その尊厳が失われるわけではありません。

こうした考え方を学問的に研究し、広めた人がいます。イギリスの牧師、心理学者、大学教授のトム・キットウッド(1937~1998年)という人です。認知症ケアの分野のパイオニアで、「パーソン・センタード・ケア(person-centered care)」を提唱したことで有名です。

「パーソン・センタード・ケア」とは、日本語に訳せば「その人中心のケア」。これは、その人のいうことを何でも聞いてあげるということではありません。その人らしさを尊重し、その人の立場に立ったケアを行なうということです。