申請文と一緒に送った質問に対し、神吉氏から文書で回答があった。ただし、回答はごく一部しか「フォーサイト」では使うことができなかった。回答の引用に際し、神吉氏は前後の文脈までの確認を求めたが、筆者が応じなかったからだ。コメント自体の確認は可能だが、文脈までは取材先に提供できない。それはジャーナリズムの原則である。

神吉氏は他媒体を通じた私の取材も受けないという。従って本稿では、「フォーサイト」へ送られた回答を含めコメントは使えない。

日本語教育の研究者が異例の“内部告発”

神吉氏の指摘した〈不正確な情報〉が、井上氏の論文を指すことは誰でも分かる。“偽装留学生”で成り立つ日本語学校がどれほどの割合なのかという問題は、日本語学校全体の実態を知るうえで重要なポイントである。その点に関し、井上論文は貴重な示唆を与えてくれる。日本語教育分野の研究者から、日本語学校の現状について批判的な見解が示されること自体が異例で、まさに画期的な調査と言える。

筆者は、井上氏と神吉氏という2人の研究者の論点を記事として公開しようと考えていた。見解の異なる両氏の議論を目にすれば、日本語学校の置かれた実態がよりリアルに読者に伝わったことだろう。しかし、神吉氏に取材に応じていただけなかったので、残念ながら記事上での議論は成立しない。

実は、神吉氏が「note」記事のタイトルでも使った「CEFRのA2」という語学力の基準は最近、日本語学校関係者の間で話題となっている。政府が日本語学校の「質」を測るための基準として導入したからだ。

「教育機関」とは呼べないような日本語学校が増えていることは、行政も十分に認識している。日本語学校を監督する立場にある入管庁は今年8月、学校運営への監視強化の方針を打ち出した。在籍する留学生の授業への出席率、また卒業生が身につけた日本語能力などが不十分な場合、日本語学校は留学生の受け入れが認められなくなる。そして語学力の基準として導入されたのが「CEFRのA2」なのである。

文科省が決めた「CEFRのA2」とはなにか

「CEFR」とは「Common European Framework of Reference for Languages」の略で、「ヨーロッパ言語共通参照枠」と訳される。日本ではなじみのない基準だ。その「CEFR」で「A2」レベル以上の卒業生が、専門学校や大学に進学、もしくは就職した者と合わせて7割以上となるよう日本語学校は求められる。

この方針に関し、大手紙の多くは<日本語学校を厳格化 9月から新基準 悪質校を排除>(2019年8月1日 日本経済新聞電子版)といった具合に、〈厳格化〉という言葉を使って報じた。しかし中身を分析すると、〈厳格化〉など見せかけにすぎないことが分かる。

「CEFRのA2」という基準からしてそうだ。その判定は6つの外部試験によってなされ、最も一般的な「日本語能力試験」の場合、「N4」合格が「CEFRのA2」に相当する。