「ああいう声を再び出せるか自信がない」

「2曲めは徹底的な嘲り、完全な裏切り、傷心の歌です。曲の終わりに絶叫が入っているんですが、心が解放されて出たもので、ああいう声を再び出せるかどうか自信がありません」

この『グレート・ウォール・オブ・チャイナ』(The Great Wall of China)は、仮タイトルが『Frankie My Dear I Don’t Give A Damn(フランキーさんよ、屁とも思っちゃいないぜ)』で、それまで表向きは封印してきた怒りをぶちまけている。

アンタは自分が可愛いだけで魂は欠陥品
王の手下も王の馬もみんな
昔みたいにアンタを手なづけることはできない
万里の長城まで行けたかもしれない
でももう過去の人
フレッド・シュルアーズ著、斎藤栄一郎訳『イノセントマン ビリージョエル100時間インタヴューズ』(プレジデント社)

15年ほど後、サウサンプトンの日本料理店にオートバイで向かった。すると駐車場でフランクに出くわす。ビリーによれば、フランクはかなり困惑している様子だったという。

「たぶん僕が殴りかかってくるんじゃないかと思ったんでしょうね。それで『よう、フランク』って声をかけたんです」

フランクはおそるおそる「やあ」と返答した。ビリーが近況を尋ね、2人は握手した。

「僕にとっては、もう過去の話でね。『グレート・ウォール・オブ・チャイナ』の歌詞みたいな心境でしたよ」

美しい光に包まれているのは「人を信じる」から

君はチャンスあらば片っ端から自分のものにしてきた
たくさん抱えているということは
それだけチャンスがあった証拠
正直に生きなきゃ未来はないよ
僕を殴りでもしたら君を恨むかもしれないけれど

ビリーの人間的なおもしろみを象徴するエピソードだ。3番目の妻、ケイティはこんなふうに説明している。

「あんなに寛容で情熱的な人間がほかにいますか。マネジャーに何百万ドルと横領されても、そのことを根に持ち続けることもなく、久々にその男に出くわしたら『こんにちは』と声をかけたくらいですよ。普通だったら、唾を吐きかけてやりたいでしょう? 彼は人の悪口を言いません。そういう人生観なんですよ。純粋な心の持ち主で、人を信じるんです。そこにつけこまれると、ああいう不幸なことになるんです。でも、だからこそ、彼が美しい光に包まれているんです」

(了)

【関連記事】
"NYのお騒がせ歌手"波乱万丈な人生と恋愛遍歴
「CM曲の帝王」を自殺未遂させた三角関係の正体
国にだまされ日本に売られたブータン人の悲劇
ヤフー社長「逆らうアスクル4人首切り」の顛末
なぜ妻は話を聞かない夫をそこまで許さないか