ホテルで50分間交渉して気心が知れる
そこで僕は、ホテルで多めに両替してもらおうと思った。しかし英語で提案してみたがまったく通じない。これは話を単純にしなくてはだめかもしれない……と、まず、「ホテル代をアメリカドルで払ってもいいでしょうか」と口にした。この内容を理解してもらうのに20分かかった。
続いて僕は1枚のメモ用紙をとり出した。金の流れを図示しながら、こう説明した。
「はじめにホテル代の20ドルを渡すでしょ。その次に、さらに20ドル渡す。この20ドルをキルギスソムに両替してくれないでしょうか」
この話を理解してもらうのに30分かかった。ようやく通じたときは、ぐったりと疲れてしまった。しかしキルギス人は人がいい。「そんなに空腹なら、スーパーまで案内しよう」とホテルのスタッフは腰をあげた。もちろん、その会話は英語ではない。支払いの話を50分もしているうちに、どことなく気心もわかってくる。相手の意図がなんとなくわかるようになってくるのだ。
海外への旅を前に、「言葉が……」と不安を募らせる人は少なくない。しかし僕はそれほど不自由さを感じることなく、シルクロードの旅を続けてきた。僕が操ることができるのは、片言の英語とタイ語だけだ。シルクロード一帯で使われる言語はまったくといっていいほどわからない。
旅をスムーズに進ませるもの──それは言葉ではないと思っている。表情や目の力、体からにじみ出るエーテルのようなもの……。そんな言葉にならないものでコミュニケーションは成立していく。