当時、読んで影響を受けたのは『7つの習慣』(スティーブン・R・コヴィー)。まだ事業責任者だったころ、前社長が社内研修で薦めていて手に取ったのですが、特に重要性と緊急性の話はハッとしました。そのころ僕は緊急性の高い仕事にしか目がいってませんでした。社長になってからも同じで、とにかく目の前の業績のことで頭はいっぱい。日々の緊急事態に対応しつつも、先を見据えた重要性の高い仕事をやる時間をつくらないと、いつまで経っても厳しい時期を抜け出せない。

そう気がついて、種まきの仕事に時間を割くようになりました。ITの世界はあまり先を見すぎてもよくありません。しかし、目の前のものだけ追っていたらすぐに通用しなくなり、事業的にも精神的にも消耗してしまう。見ていたのは、2~3年先です。また、日々の時間の配分も意識するようになりました。ウイークリーで「仕事」「社会貢献」「家族」「健康」など各カテゴリーに充てる時間を決め、偏らないようにスケジュールを組みます。この習慣はいまでも続けています。

何をやるかより、誰とやるかが大事

この時期に出会ってよかったと思える本がもう一冊あります。『ビジョナリー・カンパニー2』(ジェームズ・C・コリンズ)です。当時の悩みの1つは、せっかく採用した人がすぐに辞めてしまうことでした。急成長しているときは表面化しませんでしたが、事業が足踏み状態になると、会社を支えていたメンバーまで辞めたいと言いだす。そうした悩みを抱えていたとき、この本に「何をやるかより、誰とやるかが大事」と書いてあって、妙に納得してしまいました。退職したくなくなる職場づくりは大切ですが、そもそも「誰を自分のバスに乗せるか」という採用が重要だと気づいたのです。

36歳で社員数30名ほどだったハンゲーム(現LINE)に転職。社長時にリリースした「LINE」は1年半でユーザー数1億人を突破。日本だけではなく、タイ、台湾、インドネシアでも高いシェアを誇る。(Getty Images=写真)

ベンチャーに必要な人材は、会社のステージによって異なります。最初のころは、きちんと仕事をやり切る人。軌道に乗ってきたら、専門性やマネジメントのスキルを持っている人。ただ、スキルで採用した人は、会社の成長が止まると、もっと条件のいいところに簡単に流れていきます。『ビジョナリー・カンパニー2』を読んでから採用するようになったのは、会社を愛してくれる人。社畜的な意味ではなく、会社のビジョンや価値観に心から共感してくれる人を採用することにしました。

当時、掲げていたのは、「コミュニケーションの価値を高められる世界ナンバーワンの会社」でした。あと、企業文化として「平和なアジアをつくろう」ともよく言っていました。親会社が韓国の会社なのでスタッフにも韓国人が多かったのですが、サッカーで日韓戦があると、そのたびに会社の雰囲気が悪くなる(笑)。なので、アジアで喧嘩している場合じゃなくて、みんなでシリコンバレーを超えようぜと。そうやって苦しい時期を乗り越えていくさなかにLINEが誕生して、会社もふたたび上昇気流に乗りました。