「金正男の息子」を手に入れた米情報機関
そんな米情報機関主流派が、「金王朝」の血筋を引く金漢率氏という「玉」をまんまと手に入れられたのはなぜか。
これまで北朝鮮を支援し、金正男の面倒も見ていた上海閥(前回記事「トランプと金正日はなぜ奇妙に仲がいいか」参照)は、その後習近平政権による「反腐敗運動」のターゲットとして徹底的に粛清され、今や崩壊直前ともいわれている。さらに習近平政権は2016年、かつて存在した7つの軍区を廃止し、5つの戦区に新編したが、そこで反習近平勢力の牙城の一つであった旧瀋陽軍区を北京軍区や済南軍区の一部と合体させ、「北部戦区」に改変するという大鉈を振るっている。すべては上海閥潰しのためである。
上記の粛清や金正男氏の暗殺などで、独自で北朝鮮利権を押さえる力を失った上海閥が、「金王朝」の血筋を引く金漢率氏という「玉」を米国エスタブリッシュメント層(反トランプ派)に放り投げ、北朝鮮における傀儡政権樹立を彼らに任せようとした。その結果が、金漢率氏の脱出作戦とその後の米情報機関による保護なのではないだろうか。
金正恩に接近するトランプ、それを防ぎたい米情報機関
一方で、それを見た金正恩氏は中国そのものを見限り、トランプ政権の側につこうと必死になっている様子だ。当初北朝鮮問題にあまり興味のなかったトランプ政権にとってみれば、このことは「棚からぼたもち」のごとく巨大な北朝鮮開発利権が転がり込んできたようなものだ。
そんなトランプ氏が時折発する金正恩氏への「奇妙な信頼」のメッセージは、心情的には「窮鳥懐に入れば猟師も殺さず」といったものなのかもしれないが、一方で反トランプ派が押さえている金漢率氏という金王朝の「玉(=傀儡)」を手中にできない以上、代わりに金正恩を「玉」にせざるを得ないという事情もあるだろう(かなり汚れた「玉」ではあるが)。2度目の米朝首脳会談直前の融和的なムードも、こうした背景から生まれたものであったろう。
ところが米情報機関は、そうした融和的姿勢をぶち壊しにせざるをえない情報を、在スペイン北朝鮮大使館襲撃事件を通じて入手し、トランプ大統領に手渡したのかもしれない。その結果が「合意なし」の決裂だったということではないか。