故・金正男氏の中国人脈
建国の父・金日成につながる北朝鮮の「ロイヤルファミリー」は、習近平派対上海閥という中国国内の激しい権力闘争の中を懸命に泳いできた。
例えば現在の最高指導者である金正恩氏の実兄で、2017年に暗殺された金正男氏は生前、習近平政権の完全な監視下にある北京のほかに、旧ポルトガル領のマカオにも生活拠点を持ち、そこに妻子を住まわせていた。マカオは香港とともに長年上海閥が大きな勢力を維持していた地域であり、だからこそ正男氏とその妻子はそこで一応は安全に暮らすことができたのだろうとも言えるが、見方によっては習近平政権(北京)と上海閥(マカオ)の間をうまく泳ごうとしていたようにもとれる。上海閥としては、正男氏の妻子を事実上の人質として手元に置いていたのかもしれない。
しかし今やそのマカオや香港は、北部戦区に吸収された旧瀋陽軍区一帯とともに、上海閥の最後の砦となりつつある。例えば金正男氏と親交のあった江綿恒氏(江沢民氏の長男)は、正男氏が暗殺される直前には上海郊外において軟禁状態にあったとも言われていたし、正男氏殺害の直後に彼の長男の金漢率(キム・ハンソル)氏がマカオから忽然と姿を消し、台湾経由で米国に脱出したという事実は、マカオがもはや上海閥にとって安全な場所ではないことを意味するのかもしれない(この金漢率氏の脱出には、上海閥の持つ米国+台湾コネクションが使われたのであろう)。
こんな中国国内の権力闘争の行方にもっともあたふたしてきたのは、実は北朝鮮の権力者たちであったに違いない。例えば金正男氏にしても、一昔前であれば、米国エスタブリッシュメント(旧支配層)と関係の深い上海閥の傀儡であろうが、その次に権力を握った胡錦濤政権のそれとしてであろうが、いずれは本物の権力者として北朝鮮に戻りたいという下心も少しはあったはずだ。
実際、2012年には金正恩政権初期の実力者であった叔父の張成沢が、中国の胡錦濤国家主席に対し「金正男を北朝鮮の後継者にする」という政権転覆計画を秘密裏に示している。これも正男氏本人のある程度の了解なしにはあり得ないことだろう。