「金正男擁立計画」を金正恩に知らせた男

しかし、浦安のディズニーランドに行って日本当局に逮捕されたこともある、本来享楽的な金正男氏にしてみれば、2013年に国家権力を掌握した習近平氏によって上海閥の人々が次々と粛清され、同年暮れには自分を中国に売り込んでいた張成沢氏が金正恩氏によって処刑され、さらに自分の命まで狙われるようになったことで、元々そこまで熱意のなかった権力者への道を諦めたのかもしれない。

ちなみに、張成沢氏による胡錦濤国家主席への「金正男政権擁立」という密談を盗聴し、それを金正恩に通報したのは、胡錦濤政権で中国共産党中央政治局常務委員を務めた周永康氏(上海閥)であった。同氏は当時、習近平政権による粛清のターゲットとなっていたため、この情報を正恩氏に渡すことで北朝鮮支配のための便利なカードを習近平政権から奪うと同時に、「自分の背後には核を保有する北朝鮮(=旧瀋陽軍区)があるのだ」ということを誇示し、粛清から逃れようとしていた可能性がある。実際、習近平氏が国家主席に就任する直前の2013年2月、北朝鮮は核弾頭の小型化を目指した3度目の核実験を行っている。

この上海閥重鎮の密告は、張成沢氏と金正男氏にとって完全な裏切り行為であり、これによって張成沢氏は極めて残忍な方法で処刑された。一方で金正恩氏にとっても、この一件は「上海閥の連中は、いざという時に自分をも売るのではないか」という疑いを持たせたことであろう。

つまり、北朝鮮の権力者たちは、ここでも中国国内の権力闘争に、単なる政治カードとして利用されていたにすぎないのである。

中国を見切りトランプに走った金正恩

そんな金正恩氏にとって、崖っぷちに立たされた上海閥や、北部戦区の一部となった旧瀋陽軍区の力が、もはや以前ほど当てにならないことは明らかであった。かといって、上海閥の力を借りて習近平氏に喧嘩を売ってきた以上、いまさら習近平政権に許しを乞うこともできない。そこで正恩氏が頼ろうとしているのが、習近平政権と激しく対立する米トランプ政権である。

金正恩氏の持つ武器は二つある。一つは、みずからが開発している核ミサイルであり、もう一つが数百兆円相当にも上るという北朝鮮国内の手付かずの地下資源だ。そこで、一方では核やミサイルで脅威を煽りつつ、もう一方では地下資源を餌に外国投資を呼び寄せようとしている。