たとえばユーロという共通通貨を使っているギリシャは、独自通貨を自由に発行できないので、デフォルトリスクが常につきまとう。しかし、アメリカや日本のように独自通貨を持つ国は、低インフレ環境にある限り政府債務を増加させても、つまり財政赤字を拡大させても問題ない、とMMTは説く。

ケルトン教授は「巨額債務を抱えているのにインフレも金利上昇も起きない日本が実証している」「日本の景気が良くならないのは、インフレを恐れすぎて財政支出を中途半端にしてきたから」「MMTは日本が直面するデフレの解毒剤になる」とまで述べている。

日本をMMTの実証モデルと見立てているようだが、これは全くの見当違いである。ケルトン教授は日本経済の特殊性というものを全く理解していない。

公的債務が対GDP比約240%まで膨れ上がっているのに、財政破綻せず、19年も100兆円を超える予算を組んでいるのだから、傍目には日本はMMTを実践しているように見える。しかし、もし政府や日本銀行の目標通りに物価が上がったらどうなるか。当然、金利は上がる。今は超低金利だから国債の利払いは年間約9兆円で済んでいるが、金利上昇に伴って新規発行や借り換えで利率の高い国債が発行されるようになったら、利払い費は一気に増加していく。

他方、金利が上がって国債よりも高利回りの金融商品が登場してくれば、海外の投資家はもとより、日本の金融機関や生保・損保なども国債を売ってそちらにシフトするだろう。それは国債の暴落を招き、市中から国債を買い集めて大量に溜め込んでいる日銀のインプロージョン(内部爆発)のトリガーを引く。結局、国債の金利も上げざるをえなくなって(上げなければ売れない)、財政破綻の坂道を一気に転げ落ちるのだ。

「日本の景気が良くならないのは、インフレを恐れすぎて財政支出を中途半端にしてきたから」というケルトン教授の指摘は真逆である。デフレ脱却のために政府・日銀は2%というインフレ目標を定め、財政支出をジャブジャブと増やしてきた。

ノーベル賞受賞者が見誤る日本の特殊性

それでも日本はインフレにならなかった。なぜか。

これはケルトン教授のみならず、日本経済の実態を知らなかったノーベル経済学賞受賞者であるポール・クルーグマン教授やジョセフ・E・スティグリッツ教授も読み違えたことだが、私が再三指摘してきたように日本は世界で唯一の「低欲望社会」だからである。