対円相場は5年で最大30%「切り下げ」に

第二に、3年間にわたる米ドルに対する人民元の切り上げが08年7月以降、止まっていたことである。中国経済に対する世界金融危機の影響を最小限にするために中国人民銀行は人民元を米ドルに固定するドル・ペッグ制度に戻した。世界各国の中で、サブプライムローン問題の影響を直接的に受けた欧米とは違って、相対的には最も小さな影響しか受けなかった中国がドルに人民元を固定させる理由はなかった。そのことは、世界金融危機以降、円高に推移している円の対ドル為替相場の動向を見れば明らかである。

第三に、上記の問題点から間接的に発生する問題点であるが、通貨バスケットを参照とした為替相場政策を採用するという発表であったにもかかわらず、実際に採用された為替相場政策は、米ドルに対する漸次的な切り上げ、その後、ドル・ペッグ制度に戻ったために、ユーロや円に対して人民元は大きく変動した。5年間にわたってドルに対する人民元の安定化が図られてきたものの、他の主要通貨を含んだ通貨バスケットに対する人民元の安定化は図られてこなかった。

人民元は、ユーロに対して、05年7月21日以降、切り上がるどころかむしろ切り下がっていった。05年7月21日に10.06人民元/ユーロから08年3月10日には10.93人民元/ユーロまで人民元安ユーロ高が進んだ。この間に約10%ほどの人民元安ユーロ高となった。その後、ユーロ自体がドルや円に対して暴落したために、人民元高ユーロ安となった。10年7月8日には8.58人民元/ユーロまで人民元高ユーロ安となり、08年3月10日の水準に比較しておよそ25%の変化となっている。

人民元の対米ドル為替相場の安定化政策が採られているために円に対しても人民元は乱高下している。05年7月21日に0.074人民元/円(13.57円/人民元)の為替相場から07年6月22日には0.062人民元/円(16.25円/人民元)までおよそ15%の円安人民元高に動いた。その後、円高人民元安に推移して、09年11月30日には、0.079人民元/円(12.63円/人民元)まで円高人民元安となり、07年6月22日の水準に比較すると、およそ30%の円高人民元安となった。さらに、10年7月8日の水準は、0.077人民元/円(13.08円/人民元)で推移している。

このように、為替相場政策に際して通貨バスケットを参照すると発表したものの、中国人民銀行が人民元を米ドルに対して為替相場を安定化させる為替相場政策を採り続けてきたことから、05年7月21日の人民元改革からこれまでの5年の間において、ユーロや円に対して人民元は最大で30%ほどの切り下げとなる事態も起こっている。このような事態が起こらないようにするためにも、中国人民銀行は、05年7月21日と10年6月19日の2回にわたって発表した通貨バスケットへの参照を実行することが必要である。

一部に、中国人民銀行による今回の「人民元為替相場形成メカニズムの改革を一層進めて、人民元為替相場の弾力性を強める」という発表は、これまで採用していたドル・ペッグ制度のために人民元が対ユーロで事実上切り上がっていることを止めることを目指していると懸念する声がある。10年6月19日の8.45人民元/ユーロから6月29日に8.33人民元/ユーロまでユーロ安人民元高となったことはその懸念が本当に実現するのではないかと思わせたが、その後反転し、 7月10日には6月19日の水準を超えて8.56人民元/ユーロまでユーロ高人民元安となった。

このような人民元/ユーロ為替相場の動きは、中国人民銀行が人民元/米ドル外国為替市場に介入することによって人民元/米ドルを目標値に持っていく一方、人民元/ユーロ外国為替市場に介入しないケースでは、目標値の人民元/米ドル為替相場と米ドル/ユーロ外国為替市場で決定される米ドル/ユーロ為替相場とのクロスレートとして決まる人民元/ユーロ為替相場は、マーケットで決定される米ドル/ユーロ為替相場の影響を大いに受ける。とりわけ中国人民銀行がドル・ペッグ制度を採用しているときには、人民元/ユーロ為替相場は、マーケットで決定される米ドル/ユーロ為替相場の影響をもっぱら受け、中国人民銀行がまったく影響を及ぼすことができなかった。

中国人民銀行が通貨バスケットを参照すると改めて発表したからには、今度こそ米ドルだけではなくて、ユーロや円に対してもある程度の人民元の為替相場の安定を図ることが期待される。それでは、実際にどのような外国為替市場への介入を行うことによって、通貨バスケットを参照とした為替相場政策が可能となるのであろうか。