4歳の一人息子を失った夫婦の悲嘆と向き合い方

坂口幸弘『喪失学 「ロス後」をどう生きるか?』(光文社新書)

映画『ラビット・ホール』(2011年)では、交通事故で突然に4歳の一人息子を失った夫婦の悲嘆と、それぞれの向き合い方が描かれている。息子の死から8カ月が経ち、深夜に息子の動画を見たり、グループセラピーにも通ったりと、亡き息子との思い出を大切にして前に進もうとする夫ハウイーとは対照的に、ニコール・キッドマン扮する妻ベッカは亡き息子を忘れようと努めている。

この映画では、夫のほうが感情的な様式であり、妻のほうが行動的な様式であるように思われる。悲嘆におけるジェンダーの影響については、ことさらに誇張せず、各自の様式の差異に注目することが大切である。より情緒的な様式の男性は悲嘆の表現や共有を望むが、男性役割への期待によって、悲嘆を表現することに躊躇をおぼえることがあるかもしれない。当人にも周囲にも、ジェンダーに縛られない共感や理解が求められるだろう。

「悲しみはやがて変わり、その重みに耐えられるようになる」

ところで、映画のなかで、妻ベッカの母親は、ベッカの兄である息子を早くに亡くした経験があり、「悲しみは消える?」との娘の問いかけに対して、次のような言葉を伝えている。

いいえ。私の場合は消えない。11年経ってもいまだに。でも変わっていく……
なんていうか、その重みに耐えられるようになるの。
押しつぶされそうだったのが、這い出せるようになり、ポケットのなかの小石みたいに変わる。ときには忘れもするけど、何かの拍子にポケットに手を入れると、そこにある。苦しいけど、いつもじゃない。
それにつらくはあるけど、息子の代わりに残ったものなのよ。ずっと抱えていくしかないの。
決して消えはしない。それでもかまわない。

どのような様式で喪失に向き合うにしろ、悲しみは消えないかもしれない。そうであるならば、自分なりの向き合い方を模索しながら、気持ちを整理していくほかない。「悲しみはやがて変わり、その重みに耐えられるようになる」とのメッセージは、先の見えない暗闇のなかで、一筋の光となるかもしれない。

坂口 幸弘(さかぐち・ゆきひろ)
関西学院大学人間福祉学部人間科学科教授
1973年大阪府生まれ。大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了、博士(人間科学)。専門は死生学、悲嘆学。死別後の悲嘆とグリーフケアをテーマに、主に心理学的な観点から研究・教育に携わる一方で、病院や葬儀社、行政などと連携してグリーフケアの実践活動も行っている。主な著書は、『悲嘆学入門』(昭和堂)、『死別の悲しみに向き合う』(講談社現代新書)など。
(写真=iStock.com)
【関連記事】
愛妻をがんで亡くした東大外科医の胸中
会社倒産→妻子と離別→実父自殺の"なぜ"
日本人が品格を失い続ける2つの根本理由
孤独を楽しんでいる人が持つ"2つの条件"
自分より猫が大事な猫カフェ店主の暮らし