自らの知識や経験を使った日本の未来のための投資
こうした高校生たちにわれわれがしてあげられることはそれほど多くないが、前回のJ.P.モルガン・デーの時に日本史を一緒に勉強した高校生が今回も来ていたので、「試験はどうだった?」と聞いたら、ガッツポーズをしながら「80点取れた!」と言ってくれたのを聞いた時には、私もとてもうれしかった。
誰が言ったかは忘れてしまったが、「資産は奪えるが、教育を受けた事は奪えない」。日本は今後も少子化が進み、人口が減少していくことが予想される。そんな中で日本に住む子供たちは未来の日本にとって重要な存在だ。
日本の未来にとって重要な子供たちの7人に1人が経済的に苦しい環境に置かれ、満足に勉強もできない状態となっていることは日本の将来にとってかなり深刻な問題だ。将来の日本経済を支え、われわれの年金を払ってもらう世代を育てなければならないと考えれば、われわれが行っている活動は未来への投資とも考えられる。
オフィスからは少し遠いため、われわれもそれほど頻繁に行くことはできない。さらに言えば、正直なところ、テスト前だけ出かけて行っても、その直後のテストの点数を少し押し上げる程度の貢献しかできないかもしれない。
しかし、より多くの日本に住む社会人が、こうした活動を行うようになり、日本の子供たちの未来のために、自らの知識や経験を使って投資をするようになれば、厳しい環境に置かれている子供たちに本当に役に立つ教育をしっかりと授けることができ、それが最終的には将来の日本経済発展のために役に立つのではないだろうか。少々壮大な野望のように聞こえるかもしれないが、この活動を始めてみてその思いは強くなっている。
子供の貧困問題は、良い大人との出会いから改善していく
キッズドアの渡辺理事長によると、日本の子どもの貧困問題を改善していくには、経済的な支援もさることながら、社会関係資本=良い大人との出会いが重要だと言われているそうだ。確かに子どもたちの話を聞いていると、ボランティアスタッフを信頼し、心を開いているように思えた。私たちJ.P.モルガンの社員ボランティアに対しても、少しずつ打ち解けてくれているのが分かり、うれしく思うとともに責任の大きさを感じる。
中学生の頃からこの場所に通っているという高等専門学校生の男の子は、将来、自動車や航空機の研究に関する仕事に就きたいので流体力学を勉強している、と言う。とても具体的な夢を持っていると思い、よく聞いてみると、ボランティアスタッフに教えてもらったのだという。
「車が好きで、車に関わる仕事がしたいと思っていたが、どんな勉強をすれば良いのか、どういう仕事があるのか、知らなかった。ここで勉強を教えてくれたスタッフの方から、車や飛行機の研究の仕事の話を聞き、興味を持つようになり、専門的な勉強をするため高校ではなく高専に進学することに決めた」
勉強だけでなく、将来のことも相談できるのがうれしい、悩んでいた時期に背中を押してもらえた、と言う。さまざまな事情で機会や可能性が限られてしまう彼らに、少しでも未来の可能性を広げてあげる手助けができれば、と思う。
われわれがわずかながら関わりを持った高校生たちが、私たちとの会話から、大人になること、教育を受け進学し、仕事に就くことへの期待や希望を持ってくれるかもしれない。教育機会の不平等によって、本来すべての子どもたちが持つべき未来への道を閉ざされぬよう、地道な投資としてこの活動を続けて行きたいと考えている。
JPモルガン・チェース銀行 東京支店 市場調査本部長
1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に『インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?』『弱い日本の強い円』など。