感動は難しさや苦労を超えたところでしか得られない
夢中――。安藤忠雄さんが口にした言葉である。本書は、世界的な建築家である安藤さんが半生を振り返った初の自伝だ。
「新しいことに挑戦する勇気を持って、夢中で仕事に取り組めば生きていけると若い世代に伝えたかったんです」
大阪で生まれ育った安藤さんは、高校時代、プロボクサーとしてデビューした。試合が決まると、1カ月かけて4キロ体を絞った。朝から晩まで体重と食べ物、そして、試合のことばかり考えていた。「あの体験で、目的のために夢中になることの大切さを知った」と振り返る。
しかし、ボクサーとしての資質に限界を感じ、2年で見切りをつけた。大学や専門学校で建築を学んだ経験はない。師は、書物や旅先で目の当たりにした建築物だった。独学の末、大阪に事務所を構えたのは、20代後半。しかし、仕事はわずか。空き地を見つけると「どうすれば、この狭い敷地内に人と自然が一体となる住まいをつくれるか」と考えてばかりいた。
そんな若いころの代表作が大阪・住吉区の「住吉の長屋」だ。2008年10月、東京・南青山のギャラリーに「住吉の長屋」の原寸大模型が展示された。間口二間、奥行き8間の2階建ての長屋の内部に吹き抜けの中庭。4つの部屋は、想像よりも狭かったけれど、すべての部屋から中庭が見渡せるため圧迫感はない。しかし、敷地の3分の1を占める中庭が、建物の中心にある。各部屋を行き来するには、雨が降る日も寒い雪の日も、必ず中庭に出なければならない。住みにくそうな構造だ。
「私は、住まう難しさや苦労を超えたところでしか得られない感動があると思っているんです。そんな私を大阪の人たちは『おもしろいヤツだ』と応援してくれた。おかげで仕事をしながら、建築や社会を知ることができた。何者かわからなかった私が建築家として生きてこれたのは、変わったモノに挑戦しようという施主たちのおかげなんです」
「住吉の長屋」が完成して33年。今も施主家族が暮らしている。建築は大工や左官たちとの共同作業でもある。とくに一生に一度の住まいを依頼する施主は、将来の暮らしの隅々にまで思いを馳せている。安藤さんは「建築家は、施主以上に夢中にならなくてはいけない」と語る。
「夢中とは、寝ても覚めても常に考えている状態。本書の表紙を撮ってくれた写真家のアラーキーの撮影は、あっという間に終わります。被写体が現れる前からどんなふうに撮るか、ずっと考えているからこそ、いい仕事ができると思うんです」『建築家安藤忠雄』は、夢中で考え抜く厳しさと面白さに満ちている。