一人の天才が現実をつくるわけではない
日本、アメリカ、EU……。世界各国が金融危機に陥っている。著者の一人である流通科学大学学長・石井淳蔵氏はこう嘆いた。
「質のいい競争ができていなかったんじゃないか」
世界を席巻したアメリカ発の金融至上主義。みなが同じ方法論で競い合い、共倒れになった。
「競争は戦争ではありません。相手をたたき潰す場ではなく、自分を鍛えるプロセスなのです」
複数の企業が、競争する過程の中で自らを鍛え、新たな価値をつくる――。『ビジネス三國志』というタイトルを冠した本書の狙いは、この「質のいい競争」を明らかにすることにあった。研究のきっかけとなったのはある学生の修士論文、テーマは緑茶飲料の研究だった。
市場のパイオニアは、伊藤園の「お~いお茶」である。転機となったのは2000年、キリンビバレッジの参入だ。国産茶葉にこだわり「原材料」を強調した伊藤園に対し、同社は「うまさ」を追求した。緑茶に香料を加え、商品化した「生茶」である。1990年には生産量で清涼飲料市場全体の0.5%を占めるに過ぎなかった緑茶飲料は、01年に烏龍茶飲料を追い抜くことになる。
もう一つの転機となったのが、04年、サントリー「伊右衛門」の登場である。同社は、京都の老舗製茶会社と共同開発したことを前面に打ち出した。このヒットにより、00年に2000億円強だった緑茶飲料の市場規模は、04年にはその2倍にまで膨れあがったのである。
「サントリーが重んじたのは“伝統や文化”。3社それぞれが自らの強みを考え、競争してきたいい例です。それぞれにポジションをとって競争していくと、市場はゼロサムではなく、少しずつ大きくなっていく」
裏返せば、「質のいい競争」をしなければ生き残れないということでもある。今の社会に不可欠な視座を与えてくれる本書は、石井氏を中心としたマーケティングを専攻する経営学者の研究の集大成だ。1つの会社の1つの成功例をとりあげ、いかに素晴らしい発想のもとヒット商品が生まれたかを解く。これが今までの経営学のやり方だったと石井氏は言う。ビール、ハンバーガー、PC、緑茶、紙オムツ、ゲーム機。6つの市場を検証する中で、明らかになったことがあった。
「一人の天才が現実をつくるわけではない。長い競争の歴史をふまえ、相手がどういう行動をとるかを、相手の立場になって考える。そうして戦略を練り上げた組織が強くなるのです」
「一人の天才」をアメリカに置き換えてみよう。日本が新たなポジションを見つける手がかりとなるかもしれない。