極端なケースでは、海外の鉄鋼や農作物が入ってきて国内のメーカーや農家が打撃を受けても、「国の安全保障にかかわる」と排斥できてしまう理屈になります。

丹羽宇一郎氏

【アタリ】国益のみ優先する政策が行きすぎれば、世界経済は破局へ至ります。

【丹羽】トランプ大統領が特に神経を尖らせているのは、先端技術の中国への移転ですね。情報通信やインターネットや半導体の分野で「第5世代」と言われるコンピュータや移動通信システムの先端技術に関して、中国は油断ならないと考えているのです。外国人留学生へのビザ発給が厳しくなったのも、108万人のうち35万人を占める中国人の留学生が先端技術を学ぶ機会を奪うためではないかという声も出ています。

軍事や安全保障にかかわるような先端技術の移転や技術者の移動がインターネットとグローバリゼーションの情報社会の中で察知されて、COCOM違反と同じような事件が起こると、その企業は大変な被害を被りますし、世界の技術開発にも影響を及ぼします。

欧米の技術教育を受けた中国人留学生がかなり帰国していますから、米中ともにその危険性は十分理解できるはずです。したがって同じようなことは起こらないと思いますけれども、リスクとしては非常に大きい。アタリさんは、どうしてアメリカと中国の間に、このような摩擦が生じたとお考えですか。

【アタリ】とても根深い理由があります。そもそもアメリカのような超大国には、敵の存在が必要になります。具体的に言えば、これだけの軍事予算を計上しなくてはならないんだという理由を正当化するために、敵の存在が欠かせないのです。そこには、アメリカにおける産業のほとんどが、多かれ少なかれ軍需産業に繋がっているという背景があります。シリコンバレーも軍需産業に繋がっているのが現状だからです。

アメリカの歴史を振り返れば、開拓時代には先住民をインディアンと呼んで内なる敵としました。次に植民地からの独立において、イギリスとの敵対関係をつくり上げました。アメリカ合衆国となってからは長いこと敵なしの状態でしたが、モンロー主義を唱えていた19世紀、つまり自ら孤立主義を取っていた時期においても、やはり外敵が必要だと考えたわけです。第二次世界大戦では日本とドイツが敵になり、45年以降は共産国家のソ連が大変便利な敵となりました。

【丹羽】89年にベルリンの壁が崩壊し、91年にソ連が解体されて東西冷戦が終わったあと、パックス・アメリカーナは最高潮に達しました。アメリカは唯一の超大国として世界に君臨して、対抗する国はほとんどなくなったわけです。