50歳で考え始めた定年後の生活

56歳のとき、荒木正人氏は会社を早期退職した。今から15年前、2004年のことだ。理由は「すぐにでもやりたいと思う仕事が見つかった」からだ。その2年後、「サン・ゴールド介護タクシー」を個人で開業した。

サン・ゴールド介護タクシー代表 荒木正人氏

「50歳のころに、定年後の生活を考え始めたのがきっかけでした。定年間際になってから考えたのでは遅いと思ったのです」(荒木氏、以下同)

荒木氏は当時、大手IТ企業に勤めるシステムエンジニア(SE)だった。勤続年数は31年。福祉事業とも、はたまたタクシー運転手とも、まったく畑違いの世界である。しかし荒木氏は、「逆にそれがよかったのだと思います」と振り返る。

前職では30代後半で課長に昇進。しかし、それ以上の出世は見込めないとわかっていた。管理職になると、現場の仕事からは外れる。さらに50代になると、部長付の肩書で閑職に回された。

荒木氏がSEの仕事に就いた1970年代は、まだコンピュータの黎明期。その後、インターネットの登場と普及により、IТ技術は急速な進化を遂げていく。

「その目まぐるしい変化を思うと、私の世代の知識や技能では、とてもこの先の変化に追いつけない。だから、定年後に何か仕事をするにしても、同じ業種ではやっていけないだろうとは考えていました」

そこで荒木氏は、とりあえず何か資格を取っておこうと考え、50歳のときに、シニアライフアドバイザー(SLA)の講習を受けた。

SLAは、中高齢者の生活支援をするボランティアのための認証制度。有償で事業を行うための資格ではない。定年後に「多少は生活の足しになる程度の収入を」と考えていた荒木氏。これは少々当て外れだったが、SLAの勉強会で介護タクシーという業種と出会うことになる。

「当時はまだ、介護タクシーではなく、福祉有償運送と呼ばれていました。話を聞き、すぐさま講師に頼み込んで、開業するための条件や手続きなどを教えてもらいました」

荒木氏は、若いころから車好き。要介護者や障害者の通院や外出を助ける介護タクシーは、社会のためにもなる仕事だ。しかも、収入が得られる。「これだ!」と思った。

「55歳まで勤めれば、退職金は満額もらえましたし、早期退職なら上乗せもありました。それまでに、介護タクシーの開業準備をしようと考えたのです」