なぜ「SOS」は受け止められなかったのか

「お父さんに暴力を受けています。夜中に起こされたり、起きているときに蹴られたり、たたかれたりされています。先生、どうにかできませんか」

千葉県野田市の10歳になる小学4年の栗原心愛(みあ)ちゃんは、いじめを調査する学校のアンケートにこう書いていた。この文面が報じられる度に、事件の悲惨さが心に重くのしかかる。「チャンスは何度もあったはずなのに、なぜ学校や児童相談所は救えなかったのか」と悔やまれるばかりである。

栗原心愛さんの遺体が見つかったマンション(中央奥)=1月25日午後、千葉県野田市(撮影=時事通信フォト)

アンケートのSOSから一時保護するまではよかった

事件の経緯を少し振り返ってみよう。

千葉県野田市に移り住む前、心愛ちゃん一家は沖縄県糸満市で暮らしていた。2017年7月、母方の親族から糸満市に「父親から恫喝を受けている」と相談があった。しかし翌月の8月には一家は野田市に引っ越した。このため糸満市は恫喝の事実関係を確認することはできず、心愛ちゃんに対する恫喝の有無を野田市には伝えなかった。ただ「夫が支配的」とだけ連絡していた。

このとき糸満市と野田市が積極的に情報交換していれば心愛ちゃんを救えたかもしれない。行政機関や学校に虐待がばれそうになると、親が転居を繰り返すケースはこれまでにもあった。糸満市は住民票の異動などで転居の情報をつかめたはずだ。つかんだその時点で最悪の事態を想定して対応すべきだった。

心愛ちゃんは野田市の小学校に通学し始めて2カ月後の2017年11月6日、前述したアンケートの自由記述欄にSOSの言葉を書き込んだ。小学校と野田市が顔にアザを確認し、千葉県の柏児童相談所が心愛ちゃんを翌7日に一時保護した。

この対応は迅速だった。子供の安全を最優先し、虐待防止の原則に従っている。評価できる対応である。

アンケートを渡して暴力がエスカレート

しかしその後の対応がまずかった。柏児相の一時保護に、父親が腹を立て「誘拐だ」などとまくし立てると、12月27日に親族宅で暮らすことを条件にして一時保護を解除する。さらに父親は小学校や野田市教育委員会に対し、「名誉毀損で訴訟を起こす」と脅して保護のきっかけとなったアンケートを渡すように何度も迫った。市教育委員会は昨年1月15日にアンケートのコピーを渡してしまった。

市教委側はマスコミの取材に「子供が虐待と感じていることを知ってほしかった」と答えているが、父親の虐待をエスカレートさせる可能性のある危険な行為だ。子供は一番知ってほしくない父親に知られたことで、もはや誰も信じられなくなり、本当のことを言わなくなってしまう。