教科書で再会した、曾祖父の見つけた酵母

佐藤さんは、ひょんなことから、新政酒造の原点に「再会」します。「広島で日本酒造りを学んでいたときに、教科書の冒頭に僕のひいおじいちゃんが出てきたんです。その事実を学んで初めて、『うちの蔵って実は凄いんだ』と気づいたんです。それまで、そういえば母親が6号がどうのとか言っていたな、という程度だった」と佐藤さんは回想します。この再会が、新政に戻った佐藤さんを「秋田県産米を使い、6号酵母で発酵させて日本酒を造る」というビジョンに導くのです。結果的に帰郷から3年目のシーズンに、酵母は6号だけしか使用しないという決断をしています。

徹底される造り手の意思●マイナス5度以下で管理された純米の生酒は酸化を極力減らすため、ほとんどが4合瓶(740ml)にて販売されている。写真は「NO.6」最上級モデルのX-Type(エックスタイプ)。

私は、この点は非常に重要なポイントだと考えています。経営学では、事業を行ううえで最も重要なことの1つは、経営者の掲げる「ビジョン」だと言われます。そしてその重要さを説明するのに、センスメイキング理論があります。センスメイキングとは「腹落ち」のことで、リーダーはフォロワーに腹落ちするストーリーを語る必要があるのです。しかし、創業者ではない経営者がビジョンを掲げても、なかなか周囲に腹落ち感を与えられない。

ここで重要なのが、「創業者・中興の祖の掲げていたビジョンへの原点回帰」です。多くの歴史ある企業では、創業者や中興の祖の掲げたビジョンが、歴史とともに風化してしまっていることが多い。しかし、それは「そもそもこの会社は何のためにあるのか」という会社のDNAそのものであり、それを咀嚼して現代風に蘇らせれば、周囲に「腹落ち感」を与え、組織やステーク・ホルダーからの求心力が高まるのです。

その点で、6号酵母ほど格好なものはなかったでしょう。結果、「自社蔵で誕生した6号酵母を使用し、地産地消で秋田産米のみを使い、添加物を一切使わず、手間暇がかかる昔ながらの製法で造った純米酒」というビジョンに、多くの人が腹落ちし、共感が高まったのです。

さらに新政酒造は、この「添加物を使わない」「地産地消」「なるべく自然に」というビジョンをベースに画期的な改革を進めます。たとえば、10年前に導入した仕込みタンクを、杉の木桶に切り替え始めました。木桶は大阪府堺市の職人が製造していますが、いずれは自社で木桶作りの技術を持ち、秋田杉を使って自社で作るつもりだと言います。日本で、これほど積極的に木桶仕込みを行う酒蔵はありません。新政のNo.6は、日本酒を知らない女性も虜にすると言われるそうです。それはその美味しさもさることながら、こうしたストーリーに多くの人が腹落ちし、惹きつけられるからでしょう。