地元のモノだけで造る日本酒へのこだわり

実はこの佐藤さんのビジョンは、現在さらに新しいステージへと進んでいます。今回私は佐藤さんとの対談の後で、秋田市中心部から東へ20キロメートルほどのところにある「鵜養(うやしない)」という集落を、佐藤さんに案内してもらいました。2本の川に挟まれた谷あいにある集落。山の湧き水がそのまま流れ込んだ清流は澄み切っていて、この水を田んぼに引き込んでいます。これを使って日本酒を造ろうというのです。

秋田の「木」「米」「水」で日本酒を造る●秋田で作った米で、地元の水を使い、秋田杉で作った木樽での日本酒造りに挑戦する。

新政酒造はこの地に農業法人をつくり、17年度から2ヘクタールの田んぼを借りました。16年まで杜氏をしていた社員がこの村に住み、無農薬栽培で酒米作りを行っているのです。

「素晴らしい場所でしょう。いずれここに酒蔵と、木桶の工場をつくって、農家の茅葺屋根の補修をして、この農村を『日本酒のテーマパーク』にしたいんですよ。酒蔵と田んぼの見学をして、農作業の手伝いをして、農家レストランで地元の食材を楽しんでもらい、お酒を飲んで、茅葺屋根の家に宿泊する――そんな世界をつくりたいんです」

佐藤さんはいたって本気。これはじつは世界中で流行しているワインツーリズムに近い発想です。近年、世界のワイン通は、「テロワール(生育地)」に対する興味を深めています。どんな地形で、どんな気候で、どんな土から、この美味しいワインの原料であるブドウが育まれるのか、その場所を訪問し、ブドウが生育している風景を眺めながら、ワインを楽しむのです。

カリフォルニアワインのナパバレーのワイナリーツアーは世界的に有名。佐藤さんは現在、秋田の山間部に日本酒ツーリズムを花開かせることで、集落の景観を保全し、地域を復活させようという壮大な計画まで持っているのです。これも、佐藤さんのビジョンと、6号酵母という原点回帰がもたらした新しい事業展開なのです。

秋田に帰って気づいた地元の「宝」
●本社所在地:秋田県秋田市
●従業員数:18名
●社長:佐藤祐輔(1974年生まれ。東京大学文学部卒業後、編集プロダクションなどを経てフリーのジャーナリストに。2007年に同社へ入社。12年に8代目社長に就任。秋田県内の若手蔵元4人と「NEXT5」を結成し、イベントなどを精力的に行う)
●沿革:1852年に初代佐藤卯兵衛が佐竹藩城下町の酒蔵として創業。
入山章栄
早稲田大学ビジネススクール准教授
三菱総合研究所を経て、米ピッツバーグ大学経営大学院でPh.D.取得。2008年よりニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールの助教授を務め、13年より現職。専門は経営戦略論および国際経営論。著書に『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』など。
(構成=嶺 竜一 撮影=奥山淳志)
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