ドトールの根底に残る「適正価格」の自負
1980年にスタートした「ドトール」を低価格帯と紹介したが、実は、創業者の鳥羽氏が嫌ったのが「安売り」や「ディスカウント」という言葉だった。
筆者はかつて、鳥羽氏の著書『ドトールコーヒー「勝つか死ぬか」の創業記』(日経ビジネス人文庫/原題は『想うことが思うようになる努力』、プレジデント社)の編集にも関わり、何度か取材した。本人は150円コーヒー(当時)を「お客様が毎日飲める適正価格」の思いで作り上げた自負心があった。利益込みの「適正価格」はドトールの根底に残る。
若手社員時代に、コーヒーへの意識の高さを鳥羽氏に評価された菅野氏は、コーヒー工場にも勤務し、2008年からは商品生産統括本部統括本部長を務めた。現在も、ドトールコーヒーの味の最終決定者は菅野氏が務める。「神乃珈琲」のコンセプトや中身は、現在のドトール・日レスHDの最高責任者である大林豁史会長と菅野氏で詰めたという。
前述したように「神乃珈琲」のコーヒーは、「ドトール」よりも高く、銀座店ではブレンドが4倍以上もする。それでも驚くような金額で提供することはしない。
ちなみに鳥羽氏は、別会社の鳥羽珈琲で「ロイヤルクリスタルカフェ」という店を銀座5丁目で運営する。豪華な内装の同店の「ロイヤルクリスタルブレンド」は1500円もするが、おかわりができる。高額でも「コーヒー屋の店主」の姿勢を保ち続けるように思える。
「おいしさ」の上から目線は嫌がられる
ドトールが「神乃珈琲」に注いだエネルギーは大きいが、数多く展開できる業態ではない。高価格帯のコーヒーを納得して飲む顧客が訪れる場所でないと出店できないだろう。
さらに、現代の消費生活の中心は「カジュアル化」だ。たとえば外食のレストラン選びでは、フルコースのフランス料理店を選ぶ消費者は多くない。もちろん人によるが、総じてフレンチよりもイタリアンを好み、イタリアンでもメインディッシュを魚料理や肉料理ではなく、パスタやピザで締めるような時代だ。
そうした時代、店主がうんちくを語り過ぎる「コーヒー道場」は消費者に支持されにくい。コーヒー通のマニアは集まるかもしれないが、顧客層の広がりが期待できないのだ。神乃珈琲はそこに気づいており、菅野氏は「おいしさの上から目線は嫌がられる」と話す。