官邸は「Jアラート」を利用していた
【手嶋】いまの話にも透けてみえるわけですが、ではなぜメディアがそんな状況になったのかと言えば、政治、具体的に言ってしまえば官邸の「情報操作」が効いたという事実も、あらためて銘記しておく必要があると思うのです。
【佐藤】本来、そういう時こそ政府を監視し、国民に対して冷静さを促す報道をすべき新聞やテレビが、むしろ政府の「公報」のような形で政治利用されたというわけですね。
【手嶋】その通りです。非常にわかりやすく言えば、「国難突破選挙」と銘打って国会を解散した時の政権にとっては、対外的な緊張が高まっていたほうがいい。そこで、北朝鮮の核実験やミサイル発射を最大限利用し、Jアラートを何度も発動しつつ、メディアを使って「危機」を煽ったという図式です。
これも、単なる個人的な感想などではありません。北朝鮮の弾道ミサイル発射の際には、前日から準備していた総理や官房長官が、異例の速さでテレビカメラの前に姿を現しました。そこからしばらく、佐藤さんの言葉を借りれば、テレビメディアはハイジャック状態となり、北のミサイルの危険性について警鐘を鳴らし続けたわけです。こうした、官邸の水際立った対応、メディア対策が、周到に準備されたものであったことを、政府の危機管理組織のしかるべきポジションにある人から、私は直接聞きました。ちなみに、彼らもそうした文脈でJアラートを「利用」することには、批判的だったのです。
地方局で流れた「JアラートのCM」はカンフル剤か
【佐藤】普通に考えれば、当然そういう思考になるでしょう。
【手嶋】政権維持のために戦争というファクターを利用するのは、あらゆる時代のあらゆる国にとって禁じ手のはずなのですが、それが現代の日本で採用されてしまいました。私は、特に親安倍でも反安倍でもないのですけれど、安全保障の分野で、こういうことだけはすべきでない。彼らのためにも、あえてそう申し上げたいのです。
「メディアの利用」ということで、一つだけ付け加えておけば、東京にいると気づかないのですが、北朝鮮のミサイル発射が騒がれていた頃、地方の放送局ではJアラートのコマーシャルが盛んに流されていました。実は、これは地方局にとってとてもありがたいカンフル剤なんですよ。
どういうことかと言うと、日本海側から北海道にかけての地方テレビ局は、ケーブルテレビやインターネットテレビなどに押されて、経営的にひどく疲弊しているんですね。例えば、日本テレビ系列のテレビ金沢よりも、金沢ケーブルテレビのほうがずっと利益を上げているのです。それほどまでに、地方局の広告収入が少ない。そういう時に、政府が広告を出してくれるわけですから。
【佐藤】政府広報は、いい収入になりますからね。
【手嶋】そうなると、この問題でお上に盾突くのは、難しい。私は、とても頭のいい人がプランニングし、やはり用意周到に準備、実行された対メディア戦略だと疑っています。ここは、メディアの専門家にちゃんと調べていただきたいと思うんですよ。
外交ジャーナリスト・作家
9・11テロにNHKワシントン支局長として遭遇。ハーバード大学国際問題研究所フェローを経て2005年にNHKより独立し、インテリジェンス小説『ウルトラ・ダラー』を発表しベストセラーに。近著『汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師』のほか、佐藤優氏との共著『インテリジェンスの最強テキスト』など著書多数。
佐藤優(さとう・まさる)
作家・元外務省主任分析官
1960年東京都生まれ。英国の陸軍語学学校でロシア語を学び、在ロシア日本大使館に勤務。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月、執行猶予付き有罪確定。13年6月、執行猶予期間満了。『国家の罠』『自壊する帝国』『修羅場の極意』『ケンカの流儀』『嫉妬と自己愛』など著書多数。