トランプ・金正恩会談は「必然」だった
【佐藤】アメリカなどが冷静だったのは、ある意味当然で、もし空爆を受けたなら、北は必ず反撃します。韓国に在留の登録をしているだけでも約10万人いるアメリカ市民の多くに累が及ぶことになるでしょう。そんなことになったら、さしものトランプ政権ももちません。そのこと一つとっても、先制攻撃のハードルは極めて高い。われわれは、そういう当然の分析に基づいて、述べたように予測したわけです。
【手嶋】結局、その見立て通り、先制的な空爆は行われませんでした。そればかりではありません。18年6月には、多くの人にとって「まさか」の、トランプ・金正恩会談が実現しました。
【佐藤】アメリカに対する北朝鮮の核の脅威を払拭するためには、アメリカが北の望む二国間の直接交渉に出て行くしかない、という筋書きは、やはり必然だったわけです。
【手嶋】こうした一連の動きを、われわれは、単なる憶測や主観的な持論から「言い当てた」のではありません。眼前の状況を客観的にクールに分析し、米当局者らとの意見交換などを通じて、近未来の予測を試みたのです。そして、新書の一つの章の見出しに「米朝が“結ぶ”これだけの理由」を掲げたのでした。
【佐藤】手前味噌に聞こえるかもしれませんが、その時々のいろんな情報から、何が真実なのかをどうやって見抜くという点からも、いまの指摘は非常に重要です。提示する見解に、客観的事実や、足で集めた情報がどれだけ裏付けとして示されているのかは、情報の質を判断する一つの指標になるはずなのです。
伝える側が「機能不全」を起こしている
【手嶋】私たちがわざわざ過去の発言を持ち出して語るのは、予測が当たったことを誇りたいからではありません。伝える側の機能不全が続けば、さらなるミスリードを生む危惧があるからなのです。
【佐藤】わずか一年前の予想が大外れしてしまったメディアや評論家には、情報発信の過程でどこかに決定的な問題があったわけですよね。そこを総括しないと、また同じ過ちを犯すことになるのではないでしょうか。残念ながら、総括の兆しはみえません。いまの手嶋さんの危惧は、限りなく「現実」に近づきつつあるのかもしれません。
当時のメディアの状況をあらためて振り返っておくと、私の知る限り、官邸と防衛省詰めの新聞記者たちのほとんどは、本当に米軍の空爆があると信じていました。安倍内閣は、17年9月に「急速に進む少子高齢化や北朝鮮情勢などを踏まえ」という名目で、「国難突破解散」を行い、翌月総選挙が実施されたのですが、この流れを「来年は米朝の戦争になるから、このタイミングでの解散が必要だったのだ」などというエクスキューズで説明する政治記者や、政治評論家までいた。少し世界情勢が緊迫すると、そこまで「語るに落ちた」状況になる日本のメディアの実態は、記憶にとどめておくべきでしょう。