極端な状態で起こる「心理的あやまち」

▼「出費の痛み」

ジョージはカジノのカラフルなチップで賭けをしたり、心づけをはずんだりするとき、お金を使っているような気がしない。ゲームをしているような感覚だ。プラスチックのチップを使っても紙幣を手渡すときのように現実感がない。お金を失った気がせず、出費をはっきり自覚しないから、自分の決定を意識しないし、決定がおよぼす影響にも無頓着になる。

▼「相対性」

ジョージが無料のドリンクのお礼としてウェイトレスに渡した5ドルのチップと、ATM手数料の3ドル50セントは、ブラックジャックのテーブルに置かれたチップの山と、ATMから引き出した200ドルに比べれば、はした金に思える。これらは相対的に少ない金額で、彼は相対的に考えるからこそ気兼ねなくお金を使うことができる。また同じ日の朝、4ドルのコーヒーは、ホテルの部屋で飲む0ドルのコーヒーと比べて、相対的に高すぎるように感じられた。

▼「期待」

キャッシュレジスターやまばゆい光、ドル記号など、お金のイメージや音に囲まれたジョージは、勝ち目のない賭けや超悪玉にも涼しい顔で勝ちを収める、『007』のジェームズ・ボンドになったような気がした。

▼「自制」

ギャンブルは深刻な問題で、依存症に苦しむ人も多い。だがさしあたってここでは、ジョージがストレスやその場の雰囲気、愛想のいいスタッフ、「お手軽な」機会などに惑わされ、「200ドル多い貯えをもって退職する」という遠い未来の利益のために、目先の誘惑に抵抗することを難しく感じている、とだけいっておこう。

世界はカジノに似ている

どのあやまちもカジノに特有の問題のように思えるが、じつは世界は思ったよりずっとカジノに似ている。なにしろ2016年にはカジノのオーナーがアメリカ大統領に選ばれたほどだ。ギャンブルで憂さ晴らしをする人だけでなく、だれもが意思決定を行う際に心の会計、無料、出費の痛み、相対性、自制という点で、似たような問題に悩まされる。ジョージがカジノで犯したまちがいは、日常生活の多くの場面でも起こる。そうしたまちがいの原因は、主にお金の本質に関する根本的な誤解にある。

一般的な「お金」のことはよくわかっていると思っていても、お金とは本当はなんなのか、どんな利点があるのか、そしてどんな思いがけない影響をおよぼすのかを、私たちはよく理解していないのだ。

ダン・アリエリー
デューク大学教授
1967年生まれ。過去に、マサチューセッツ工科大学のスローン経営大学院とメディアラボの教授職を兼務したほか、カリフォルニア大学バークレー校、プリンストン高等研究所などにも在籍。また、ユニークな実験によりイグ・ノーベル賞を受賞。著書に『予想どおりに不合理』『不合理だからうまくいく』『ずる』『アリエリー教授の「行動経済学」入門』『「行動経済学」人生相談室』(すべてハヤカワ・ノンフィクション文庫)がある。
ジェフ・クライスラー
コメディアン、作家、コメンテーター
プリンストン大学卒。弁護士を経て、お金と政治を扱うコメディアン、作家、コメンテーターになる。著書に風刺エッセー『Get Rich Cheating』がある。
▼編集部おすすめの関連記事
"毎月10万円"がないと絶対に老後破綻する
(写真=iStock.com)