無料のドリンクに喜びコーヒー代の4ドルをケチる

キュートで愛想のいいウェイトレスが無料のドリンクをもってきた。無料か! そいつはいい! 勝ちは目前だ。ジョージはプラスチック製の小さなチップを一枚ウェイトレスにはずむ。

『アリエリー教授の「行動経済学」入門-お金篇-』(ダン・アリエリー、ジェフ・クライスラー著・早川書房刊)

ジョージは勝負する。うまく行くときもあれば、そうでないときもある。少し勝つが、それ以上に負ける。勝ち目がありそうなときにダブルダウンやスプリットをして、2枚のチップを4枚、3枚のところを6枚賭けたりする。結局、200ドルを全部すった。テーブル仲間はチップの山を築いたかと思えば、次の瞬間には札束を広げてチップを買い増すが、ジョージはなんとか真似せずにがまんする。テーブル仲間には温厚な人もいれば、自分の札を盗られたといって怒り出す人もいるが、だれ一人として1時間で500ドルも1000ドルもすってしまうタイプには見えない。だが現にそういうことが何度も起こった。

半日前の朝早く、ジョージは近くのカフェに向かったが、10歩ほど手前で引き返した。ホテルの部屋でコーヒーを淹れれば、コーヒー代の4ドルを節約できると気づいたからだ。その彼が、夜になれば5ドルチップ40枚をまばたき一つせずに賭け、親切にしてくれたからと、ディーラーにまで一枚あげている。

なにが起こっているのか

カジノは私たちからお金を引き離す術を極めているから、この物語を出発点にするのはちょっと酷かもしれない。それでもジョージの経験には、私たちがこれほど極端ではない状況で犯しがちな心理的あやまちを垣間見ることができる。

次に挙げるのは、カジノのまばゆい光のもとで私たちに作用する要因のいくつかだ。

▼「心の会計(メンタルアカウンティング)」

朝のコーヒー代を節約したことからもわかるように、ジョージはお金の不安を抱えている。なのにカジノでは、こともなげに200ドルをポンと使う。この矛盾が起こる原因の一つは、彼がカジノでの出費を、コーヒーとは別の「心の勘定科目」に仕訳しているからだ。

彼は持ち金をプラスチックのチップに両替して「娯楽」勘定を開設するが、その他の出費は「生活費」などの勘定から引き出しつづける。この奥の手によって、二種類の出費に対する感じ方が変わるが、じつはどちらも「ジョージのお金」という同じ勘定のお金だ。

▼「無料の代償」

ジョージは無料の駐車場と無料のドリンクに大喜びする。たしかに代金は直接払っていないが、「無料」のものに釣られて上機嫌でカジノに行き、判断力を鈍らされている。「無料」のものは、じつは高くつくのだ。「人生で最高のものは無料だ」ということわざがある。たぶんそうなんだろう。でも無料だからと高をくくっていると、思いがけない出費を被ることも多い。