3年連続赤字だったアサヒ飲料では、社長になると工場や営業現場を回り、暗い顔をした社員たちに「業績をつくる主役はきみたちだ」と呼びかけた。商品開発と営業のてこ入れを一気に果たし、1年で黒字化もさせる。「がむしゃら」と「現場の活性化」――長野から始まった道のりの、ゴールのはずだった。

だが、2006年3月、アサヒビールの社長となる。子会社からの復帰は、前例がない。メディアは「予想外」と報じた。親会社は、発泡酒や新ジャンル(いわゆる第三のビール)への展開が遅れ、3期ぶりの減収減益決算に落ち込み、シェア首位の座もキリンビールに肉薄されていた。立て直しに、荻田流のリーダーシップが求められた。

首位の座は渡さず、昨年まで8年連続で維持した。だが、今年、再びキリンとつば競り合いが続く。消費者の食生活やライフスタイルが変化し、味の嗜好も変わっていく。デフレ傾向の下、低価格志向も強い。

舵取りは、多次元連立方程式を解くような難しさだ。でも、ずっと、「くよくよ考えても仕方がない」とプラス志向でやってきた。いま、極め付きのプラス志向は、大黒柱『スーパードライ』の先行きだ。年間に大瓶換算で25億本も売れ、全ビールの半分を占めている。それでも、「まだ半分の人が飲んでいない。まだまだ売る余地がある」となる。

ひょっとすると、「追い風」が吹くかもしれない。鳩山政権が掲げる税制改正の中に、酒税も含まれる。構想では、製造法や原料などによる酒類別の税率を、アルコール度数による課税に改める。広く一律に課税し、税収を増やす狙いだ。政府の財源不足は、深刻だ。改正は、実現するかもしれない。そうなれば、「ビールではないビール類」ということで低税率を謳歌する発泡酒や新ジャンルから利点が消える。アルコール度数がほぼ変わらない『スーパードライ』と、価格差が縮まる。「あと半数の人にも飲んでもらおう」――そんな発想が、現実味を帯びる。

(聞き手=街風隆雄 撮影=門間新弥)